寄りですから醜いのですよ。そうではなくて、髪なんか式部よりも短くなって、黒い着物などを着て、夜居《よい》のお坊様のように私はなろうと思うのですから、今度などよりもっと長くお目にかかれませんよ」
 宮がお泣きになると、東宮はまじめな顔におなりになって、
「長く御所へいらっしゃらないと、私はお逢いしたくてならなくなるのに」
 とお言いになったあとで、涙がこぼれるのを、恥ずかしくお思いになって顔をおそむけになった。お肩にゆらゆらとするお髪《ぐし》がきれいで、お目つきの美しいことなど、御成長あそばすにしたがってただただ源氏の顔が一つまたここにできたとより思われないのである。お歯が少し朽ちて黒ばんで見えるお口に笑《え》みをお見せになる美しさは、女の顔にしてみたいほどである。こうまで源氏に似ておいでになることだけが玉の瑕《きず》であると、中宮がお思いになるのも、取り返しがたい罪で世間を恐れておいでになるからである。
 源氏は中宮を恋しく思いながらも、どんなに御自身が冷酷であったかを反省おさせする気で引きこもっていたが、こうしていればいるほど見苦しいほど恋しかった。この気持ちを紛らそうとして、ついでに秋の花野もながめがてらに雲林院へ行った。源氏の母君の桐壺《きりつぼ》の御息所《みやすどころ》の兄君の律師《りっし》がいる寺へ行って、経を読んだり、仏勤めもしようとして、二、三日こもっているうちに身にしむことが多かった。木立ちは紅葉《もみじ》をし始めて、そして移ろうていく秋草の花の哀れな野をながめていては家も忘れるばかりであった。学僧だけを選んで討論をさせて聞いたりした。場所が場所であるだけ人生の無常さばかりが思われたが、その中でなお源氏は恨めしい人に最も心を惹《ひ》かれている自分を発見した。朝に近い月光のもとで、僧たちが閼伽《あか》を仏に供える仕度《したく》をするのに、からからと音をさせながら、菊とか紅葉とかをその辺いっぱいに折り散らしている。こんなことは、ちょっとしたことではあるが、僧にはこんな仕事があって退屈を感じる間もなかろうし、未来の世界に希望が持てるのだと思うとうらやましい、自分は自分一人を持てあましているではないかなどと源氏は思っていた。律師が尊い声で「念仏衆生《ねんぶつしゆじやう》摂取不捨《せつしゆふしや》」と唱えて勤行《ごんぎょう》をしているのがうらやましくて、この世が自分に捨てえられない理由はなかろうと思うのといっしょに紫の女王《にょおう》が気がかりになったというのは、たいした道心でもないわけである。幾日かを外で暮らすというようなことをこれまで経験しなかった源氏は恋妻に手紙を何度も書いて送った。
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出家ができるかどうかと試みているのですが、寺の生活は寂しくて、心細さがつのるばかりです。もう少しいて法師たちから教えてもらうことがあるので滞留しますが、あなたはどうしていますか。
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 などと檀紙に飾り気もなく書いてあるのが美しかった。

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あさぢふの露の宿りに君を置きて四方《よも》の嵐《あらし》ぞしづ心なき
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 という歌もある情のこもったものであったから紫夫人も読んで泣いた。返事は白い式紙《しきし》に、

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風吹けば先《ま》づぞ乱るる色かはる浅茅《あさぢ》が露にかかるささがに
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 とだけ書かれてあった。
「字はますますよくなるようだ」
 と独言《ひとりごと》を言って、微笑しながらながめていた。始終手紙や歌を書き合っている二人は、夫人の字がまったく源氏のに似たものになっていて、それよりも少し艶《えん》な女らしいところが添っていた。どの点からいっても自分は教育に成功したと源氏は思っているのである。斎院のいられる加茂はここに近い所であったから手紙を送った。女房の中将あてのには、
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物思いがつのって、とうとう家を離れ、こんな所に宿泊していますことも、だれのためであるかとはだれもご存じのないことでしょう。
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 などと恨みが述べてあった。当の斎院には、

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かけまくも畏《かしこ》けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷《ゆふだすき》かな

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昔を今にしたいと思いましてもしかたのないことですね。自分の意志で取り返しうるもののように。
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 となれなれしく書いた浅緑色の手紙を、榊《さかき》に木綿《ゆう》をかけ神々《こうごう》しくした枝につけて送ったのである。中将の返事は、
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同じような日ばかりの続きます退屈さからよく昔のことを思い出してみるのでございますが、それによってあなた様を聯想
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