ら》もとの几帳《きちょう》の下から、三日の夜の餠のはいった器を中へ入れて行った。この餠の説明も新夫人に源氏が自身でしたに違いない。だれも何の気もつかなかったが、翌朝その餠の箱が寝室から下げられた時に、側近している女房たちにだけはうなずかれることがあった。皿などもいつ用意したかと思うほど見事な華足《けそく》付きであった。餠もことにきれいに作られてあった。少納言は感激して泣いていた。結婚の形式を正しく踏んだ源氏の好意がうれしかったのである。
「それにしても私たちへそっとお言いつけになればよろしいのにね。あの人が不思議に思わなかったでしょうかね」
 とささやいていた。
 若紫と新婚後は宮中へ出たり、院へ伺候していたりする間も絶えず源氏は可憐《かれん》な妻の面影を心に浮かべていた。恋しくてならないのである。不思議な変化が自分の心に現われてきたと思っていた。恋人たちの所からは長い途絶えを恨めしがった手紙も来るのであるが、無関心ではいられないものもそれらの中にはあっても、新婚の快い酔いに身を置いている源氏に及ぼす力はきわめて微弱なものであったに違いない。厭世《えんせい》的になっているというふうを源氏は表面に作っていた。いつまでこんな気持ちが続くかしらぬが、今とはすっかり別人になりえた時に逢《あ》いたいと思うと、こんな返事ばかりを源氏は恋人にしていたのである。
 皇太后は妹の六の君がこのごろもまだ源氏の君を思っていることから父の右大臣が、
「それもいい縁のようだ、正夫人が亡《な》くなられたのだから、あの方も改めて婿にすることは家の不名誉では決してない」
 と言っているのに憤慨しておいでになった。
「宮仕えだって、だんだん地位が上がっていけば悪いことは少しもないのです」
 こう言って宮廷入りをしきりに促しておいでになった。その噂《うわさ》の耳にはいる源氏は、並み並みの恋愛以上のものをその人に持っていたのであるから、残念な気もしたが、現在では紫の女王のほかに分ける心が見いだせない源氏であって、六の君が運命に従って行くのもしかたがない。短い人生なのだから、最も愛する一人を妻に定めて満足すべきである。恨みを買うような原因を少しでも作らないでおきたいと、こう思っていた。六条の御息所《みやすどころ》と先夫人の葛藤《かっとう》が源氏を懲りさせたともいえることであった。御息所の立場には同情される
前へ 次へ
全32ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング