になることだけを許してあげてくださいましね」
 と言うと女王は非常に恥ずかしがって、
「私はお話のしかたも知らないのだから」
 と言いながら部屋の奥のほうへ膝行《いざ》って行くのがういういしく見えた。命婦は笑いながら、
「あまりに子供らしくいらっしゃいます。どんな貴婦人といいましても、親が十分に保護していてくださる間だけは子供らしくしていてよろしくても、こんな寂しいお暮らしをしていらっしゃりながら、あまりあなたのように羞恥《しゅうち》の観念の強いことはまちがっています」
 こんな忠告をした。人の言うことにそむかれない内気な性質の女王は、
「返辞をしないでただ聞いてだけいてもいいというのなら、格子でもおろしてここにいていい」
 と言った。
「縁側におすわらせすることなどは失礼でございます。無理なことは決してなさいませんでしょう」
 体裁よく言って、次の室との間の襖子《からかみ》を命婦自身が確かに閉《し》めて、隣室へ源氏の座の用意をしたのである。源氏は少し恥ずかしい気がした。人としてはじめて逢《あ》う女にはどんなことを言ってよいかを知らないが、命婦が世話をしてくれるであろうと決めて座についた。乳母のような役をする老女たちは部屋へはいって宵惑《よいまど》いの目を閉じているころである。若い二、三人の女房は有名な源氏の君の来訪に心をときめかせていた。よい服に着かえさせられながら女王自身は何の心の動揺もなさそうであった。男はもとよりの美貌《びぼう》を目だたぬように化粧して、今夜はことさら艶《えん》に見えた。美の価値のわかる人などのいない所だのにと命婦は気の毒に思った。命婦には女王がただおおようにしているに相違ない点だけが安心だと思われた。会話に出過ぎた失策をしそうには見えないからである。自分の責めのがれにしたことで、気の毒な女王をいっそう不幸にしないだろうかという不安はもっていた。源氏は相手の身柄を尊敬している心から利巧《りこう》ぶりを見せる洒落気《しゃれぎ》の多い女よりも、気の抜けたほどおおようなこんな人のほうが感じがよいと思っていたが、襖子の向こうで、女房たちに勧められて少し座を進めた時に、かすかな衣被香《えびこう》のにおいがしたので、自分の想像はまちがっていなかったと思い、長い間思い続けた恋であったことなどを上手《じょうず》に話しても、手紙の返事をしない人からはまた口ずからの返辞を受け取ることができなかった。
「どうすればいいのです」
 と源氏は歎息《たんそく》した。

[#ここから1字下げ]
「いくそ度《たび》君が沈黙《しじま》に負けぬらん物な云《い》ひそと云はぬ頼みに
[#ここで字下げ終わり]

 言いきってくださいませんか。私の恋を受けてくださるのか、受けてくださらないかを」
 女王の乳母の娘で侍従という気さくな若い女房が、見かねて、女王のそばへ寄って女王らしくして言った。

[#ここから2字下げ]
鐘つきてとぢめんことはさすがにて答へまうきぞかつはあやなき
[#ここで字下げ終わり]

 若々しい声で、重々しくものの言えない人が代人でないようにして言ったので、貴女《きじょ》としては甘ったれた態度だと源氏は思ったが、はじめて相手にものを言わせたことがうれしくて、
「こちらが何とも言えなくなります、

[#ここから2字下げ]
云《い》はぬをも云ふに勝《まさ》ると知りながら押しこめたるは苦しかりけり」
[#ここで字下げ終わり]

 いろいろと、それは実質のあることではなくても、誘惑的にもまじめにも源氏は語り続けたが、あの歌きりほかの返辞はなかった、こんな態度を男にとるのは特別な考えをもっている人なんだろうかと思うと、源氏は自身が軽侮されているような口惜《くちお》しい気がした。その時に源氏は女王の室のほうへ襖子《からかみ》をあけてはいったのである。命婦はうかうかと油断をさせられたことで女王を気の毒に思うと、そこにもおられなくて、そしらぬふうをして自身の部屋のほうへ帰った。侍従などという若い女房は光源氏ということに好意を持っていて、主人をかばうことにもたいして力が出なかったのである。こんなふうに何の心の用意もなくて結婚してしまう女王に同情しているばかりであった。女王はただ羞恥《しゅうち》の中にうずもれていた。源氏は結婚の初めのうちはこんなふうである女がよい、独身で長く大事がられてきた女はこんなものであろうと酌量《しゃくりょう》して思いながらも、手探りに知った女の様子に腑《ふ》に落ちぬところもあるようだった。愛情が新しく湧《わ》いてくるようなことは少しもなかった。歎息《たんそく》しながらまだ暁方に帰ろうと源氏はした。命婦はどうなったかと一夜じゅう心配で眠れなくて、この時の物音も知っていたが、黙っているほうがよいと思って、「お送りいたしまし
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング