ったに違いない。寝室へ帰って、暗がりの中を手で探ると夕顔はもとのままの姿で寝ていて、右近がそのそばでうつ伏せになっていた。
「どうしたのだ。気違いじみたこわがりようだ。こんな荒れた家などというものは、狐《きつね》などが人をおどしてこわがらせるのだよ。私がおればそんなものにおどかされはしないよ」
 と言って、源氏は右近を引き起こした。
「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」
「そうだ、なぜこんなにばかりして」
 と言って、手で探ると夕顔は息もしていない。動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人であったから、何かの物怪《もののけ》にこうされているのであろうと思うと、源氏は歎息《たんそく》されるばかりであった。蝋燭《ろうそく》の明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、閨《ねや》に近い几帳《きちょう》を引き寄せてから、
「もっとこちらへ持って来い」
 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな不謹慎な行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。
「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」
 灯《ひ》を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの容貌《ようぼう》をした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、
「ちょいと」
 と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手もない。坊様などはこんな時の力になるものであるがそんな人もむろんここにはいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、
「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」
 と言っていたが、恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸《いがい》であるという感じが強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。紫宸殿《ししんでん》に出て来た鬼は
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