のだと興味がそそられた。静かな性質を少し添えてやりたいとちょっとそんな気がした。才走ったところはあるらしい。碁が終わって駄目石《だめいし》を入れる時など、いかにも利巧《りこう》に見えて、そして蓮葉《はすっぱ》に騒ぐのである。奥のほうの人は静かにそれをおさえるようにして、
「まあお待ちなさい。そこは両方ともいっしょの数でしょう。それからここにもあなたのほうの目がありますよ」
 などと言うが、
「いいえ、今度は負けましたよ。そうそう、この隅の所を勘定しなくては」
 指を折って、十、二十、三十、四十と数えるのを見ていると、無数だという伊予の温泉の湯桁《ゆげた》の数もこの人にはすぐわかるだろうと思われる。少し下品である。袖で十二分に口のあたりを掩《おお》うて隙見男《すきみおとこ》に顔をよく見せないが、その今一人に目をじっとつけていると次第によくわかってきた。少し腫《は》れぼったい目のようで、鼻などもよく筋が通っているとは見えない。はなやかなところはどこもなくて、一つずついえば醜いほうの顔であるが、姿態がいかにもよくて、美しい今一人よりも人の注意を多く引く価値があった。派手《はで》な愛嬌《あいきょう》のある顔を性格からあふれる誇りに輝かせて笑うほうの女は、普通の見方をもってすれば確かに美人である。軽佻《けいちょう》だと思いながらも若い源氏はそれにも関心が持てた。源氏のこれまで知っていたのは、皆正しく行儀よく、つつましく装った女性だけであった。こうしただらしなくしている女の姿を隙見したりしたことははじめての経験であったから、隙見男のいることを知らない女はかわいそうでも、もう少し立っていたく思った時に、小君が縁側へ出て来そうになったので静かにそこを退《の》いた。そして妻戸の向かいになった渡殿《わたどの》の入り口のほうに立っていると小君が来た。済まないような表情をしている。
「平生いない人が来ていまして、姉のそばへ行かれないのです」
「そして今晩のうちに帰すのだろうか。逢えなくてはつまらない」
「そんなことはないでしょう。あの人が行ってしまいましたら私がよくいたします」
 と言った。さも成功の自信があるようなことを言う、子供だけれど目はしがよく利《き》くのだからよくいくかもしれないと源氏は思っていた。碁の勝負がいよいよ終わったのか、人が分かれ分かれに立って行くような音がした。
「若様はどこにいらっしゃいますか。このお格子はしめてしまいますよ」
 と言って格子をことことと中から鳴らした。
「もう皆寝るのだろう、じゃあはいって行って上手にやれ」
 と源氏は言った。小君もきまじめな姉の心は動かせそうではないのを知って相談はせずに、そばに人の少ない時に寝室へ源氏を導いて行こうと思っているのである。
「紀伊守の妹もこちらにいるのか。私に隙見《すきみ》させてくれ」
「そんなこと、格子には几帳《きちょう》が添えて立ててあるのですから」
 と小君が言う。そのとおりだ、しかし、そうだけれどと源氏はおかしく思ったが、見たとは知らすまい、かわいそうだと考えて、ただ夜ふけまで待つ苦痛を言っていた。小君は、今度は横の妻戸をあけさせてはいって行った。
 女房たちは皆寝てしまった。
「この敷居の前で私は寝る。よく風が通るから」
 と言って、小君は板間《いたま》に上敷《うわしき》をひろげて寝た。女房たちは東南の隅《すみ》の室に皆はいって寝たようである。小君のために妻戸をあけに出て来た童女もそこへはいって寝た。しばらく空寝入りをして見せたあとで、小君はその隅の室からさしている灯《ひ》の明りのほうを、ひろげた屏風《びょうぶ》で隔ててこちらは暗くなった妻戸の前の室へ源氏を引き入れた。人目について恥をかきそうな不安を覚えながら、源氏は導かれるままに中央の母屋《もや》の几帳の垂絹《たれ》をはねて中へはいろうとした。
 それはきわめて細心に行なっていることであったが、家の中が寝静まった時間には、柔らかな源氏の衣摺《きぬず》れの音も耳立った。女は近ごろ源氏の手紙の来なくなったのを、安心のできることに思おうとするのであったが、今も夢のようなあの夜の思い出をなつかしがって、毎夜安眠もできなくなっているころであった。
 人知れぬ恋は昼は終日物思いをして、夜は寝ざめがちな女にこの人をしていた。碁の相手の娘は、今夜はこちらで泊まるといって若々しい屈託のない話をしながら寝てしまった。無邪気に娘はよく睡《ねむ》っていたが、源氏がこの室へ寄って来て、衣服の持つ薫物《たきもの》の香が流れてきた時に気づいて女は顔を上げた。夏の薄い几帳越しに人のみじろぐのが暗い中にもよく感じられるのであった。静かに起きて、薄衣《うすもの》の単衣《ひとえ》を一つ着ただけでそっと寝室を抜けて出た。
 はいって来た源氏は、外にだれ
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