てかかれることでもなかった。目だたぬ服装をして紀伊守家の門のしめられないうちにと急いだのである。少年のことであるから家の侍などが追従して出迎えたりはしないのでまずよかった。東側の妻戸《つまど》の外に源氏を立たせて、小君自身は縁を一回りしてから、南の隅《すみ》の座敷の外から元気よくたたいて戸を上げさせて中へはいった。女房が、
「そんなにしては人がお座敷を見ます」
 と小言《こごと》を言っている。
「どうしたの、こんなに今日は暑いのに早く格子《こうし》をおろしたの」
「お昼から西の対《たい》――寝殿《しんでん》の左右にある対の屋の一つ――のお嬢様が来ていらっしって碁を打っていらっしゃるのです」
 と女房は言った。
 源氏は恋人とその継娘《ままむすめ》が碁盤を中にして対《むか》い合っているのをのぞいて見ようと思って開いた口からはいって、妻戸と御簾《みす》の間へ立った。小君の上げさせた格子がまだそのままになっていて、外から夕明かりがさしているから、西向きにずっと向こうの座敷までが見えた。こちらの室の御簾のそばに立てた屏風《びょうぶ》も端のほうが都合よく畳まれているのである。普通ならば目ざわりになるはずの几帳《きちょう》なども今日の暑さのせいで垂れは上げて棹《さお》にかけられている。灯《ひ》が人の座に近く置かれていた。中央の室の中柱に寄り添ってすわったのが恋しい人であろうかと、まずそれに目が行った。紫の濃い綾《あや》の単衣襲《ひとえがさね》の上に何かの上着をかけて、頭の恰好《かっこう》のほっそりとした小柄な女である。顔などは正面にすわった人からも全部が見られないように注意をしているふうだった。痩《や》せっぽちの手はほんの少しより袖《そで》から出ていない。もう一人は顔を東向きにしていたからすっかり見えた。白い薄衣《うすもの》の単衣襲に淡藍《うすあい》色の小袿《こうちぎ》らしいものを引きかけて、紅《あか》い袴《はかま》の紐《ひも》の結び目の所までも着物の襟《えり》がはだけて胸が出ていた。きわめて行儀のよくないふうである。色が白くて、よく肥えていて頭の形と、髪のかかった額つきが美しい。目つきと口もとに愛嬌《あいきょう》があって派手《はで》な顔である。髪は多くて、長くはないが、二つに分けて顔から肩へかかったあたりがきれいで、全体が朗らかな美人と見えた。源氏は、だから親が自慢にしている
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