あなたの側でも父や兄がこの関係に好意を持ってくれそうなことを私は今から心配している。忘れずにまた逢いに来る私を待っていてください」
などと、安っぽい浮気《うわき》男の口ぶりでものを言っていた。
「人にこの秘密を知らせたくありませんから、私は手紙もようあげません」
女は素直《すなお》に言っていた。
「皆に怪しがられるようにしてはいけないが、この家の小さい殿上人《てんじょうびと》ね、あれに託して私も手紙をあげよう。気をつけなくてはいけませんよ、秘密をだれにも知らせないように」
と言い置いて、源氏は恋人がさっき脱いで行ったらしい一枚の薄衣《うすもの》を手に持って出た。
隣の室に寝ていた小君《こぎみ》を起こすと、源氏のことを気がかりに思いながら寝ていたので、すぐに目をさました。小君が妻戸を静かにあけると、年の寄った女の声で、
「だれですか」
おおげさに言った。めんどうだと思いながら小君は、
「私だ」
と言う。
「こんな夜中にどこへおいでになるんですか」
小賢《こざか》しい老女がこちらへ歩いて来るふうである。小君は憎らしく思って、
「ちょっと外へ出るだけだよ」
と言いながら源氏を戸口から押し出した。夜明けに近い時刻の明るい月光が外にあって、ふと人影を老女は見た。
「もう一人の方はどなた」
と言った老女が、また、
「民部《みんぶ》さんでしょう。すばらしく背の高い人だね」
と言う。朋輩《ほうばい》の背高女のことをいうのであろう。老女は小君と民部がいっしょに行くのだと思っていた。
「今にあなたも負けない背丈《せたけ》になりますよ」
と言いながら源氏たちの出た妻戸から老女も外へ出て来た。困りながらも老女を戸口へ押し返すこともできずに、向かい側の渡殿《わたどの》の入り口に添って立っていると、源氏のそばへ老女が寄って来た。
「あんた、今夜はお居間に行っていたの。私はお腹《なか》の具合《ぐあい》が悪くて部屋《へや》のほうで休んでいたのですがね。不用心だから来いと言って呼び出されたもんですよ。どうも苦しくて我慢ができませんよ」
こぼして聞かせるのである。
「痛い、ああ痛い。またあとで」
と言って行ってしまった。やっと源氏はそこを離れることができた。冒険はできないと源氏は懲りた。
小君を車のあとに乗せて、源氏は二条の院へ帰った。その人に逃げられてしまった今夜の始末を
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