ないで来るのは気の毒ですが、ぐずぐずもしていられません。なぜかというと草薬の蒜《ひる》なるものの臭気がいっぱいなんですから、私は逃げて出る方角を考えながら、『ささがにの振舞《ふるま》ひしるき夕暮れにひるま過ぐせと言ふがあやなき。何の口実なんだか』と言うか言わないうちに走って来ますと、あとから人を追いかけさせて返歌をくれました。『逢《あ》ふことの夜をし隔てぬ中ならばひるまも何か眩《まば》ゆからまし』というのです。歌などは早くできる女なんでございます」
 式部丞の話はしずしずと終わった。貴公子たちはあきれて、
「うそだろう」
 と爪弾《つまはじ》きをして見せて、式部をいじめた。
「もう少しよい話をしたまえ」
「これ以上珍しい話があるものですか」
 式部丞は退《さが》って行った。
「総体、男でも女でも、生かじりの者はそのわずかな知識を残らず人に見せようとするから困るんですよ。三史五経の学問を始終引き出されてはたまりませんよ。女も人間である以上、社会百般のことについてまったくの無知識なものはないわけです。わざわざ学問はしなくても、少し才のある人なら、耳からでも目からでもいろいろなことは覚えられ
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