かりがありません。これはさっきの話のたよりない性質の女にあたるでしょう。素知らぬ顔をしていて、心で恨めしく思っていたのに気もつかず、私のほうではあくまでも愛していたというのも、いわば一種の片恋と言えますね。もうぼつぼつ今は忘れかけていますが、あちらではまだ忘れられずに、今でも時々はつらい悲しい思いをしているだろうと思われます。これなどは男に永久性の愛を求めようとせぬ態度に出るもので、確かに完全な妻にはなれませんね。だからよく考えれば、左馬頭のお話の嫉妬《しっと》深い女も、思い出としてはいいでしょうが、今いっしょにいる妻であってはたまらない。どうかすれば断然いやになってしまうでしょう。琴の上手《じょうず》な才女というのも浮気《うわき》の罪がありますね。私の話した女も、よく本心の見せられない点に欠陥があります。どれがいちばんよいとも言えないことは、人生の何のこともそうですがこれも同じです。何人かの女からよいところを取って、悪いところの省かれたような、そんな女はどこにもあるものですか。吉祥V女《きちじょうてんにょ》を恋人にしようと思うと、それでは仏法くさくなって困るということになるだろうからしかたがない」
 中将がこう言ったので皆笑った。
「式部の所にはおもしろい話があるだろう、少しずつでも聞きたいものだね」
 と中将が言い出した。
「私どもは下の下の階級なんですよ。おもしろくお思いになるようなことがどうしてございますものですか」
 式部丞《しきぶのじょう》は話をことわっていたが、頭中将《とうのちゅうじょう》が本気になって、早く早くと話を責めるので、
「どんな話をいたしましてよろしいか考えましたが、こんなことがございます。まだ文章生《もんじょうせい》時代のことですが、私はある賢女の良人《おっと》になりました。さっきの左馬頭《さまのかみ》のお話のように、役所の仕事の相談相手にもなりますし、私の処世の方法なんかについても役だつことを教えていてくれました。学問などはちょっとした博士《はかせ》などは恥ずかしいほどのもので、私なんかは学問のことなどでは、前で口がきけるものじゃありませんでした。それはある博士の家へ弟子《でし》になって通っておりました時分に、先生に娘がおおぜいあることを聞いていたものですから、ちょっとした機会をとらえて接近してしまったのです。親の博士が二人の関係を知る
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