さい》は、自分の作品を窯《かま》から取出す、火のための出来損じがもとより出来る、それは一々取っては抛《な》げ、取っては抛げ、大地へたたきつけて微塵《みじん》にしたと聞いています。いい心持の話じゃありませんか。」
「ムム、それで六兵衛《ろくべえ》一家《いっか》の基《もとい》を成したというが、あるいはマアお話じゃ無いかネ。」
「ところが御前で敲《たた》き毀《こわ》すようなものを作ってはなりませぬ、是非とも気の済《す》むようなものを作ってご覧をいただかねばなりませぬ。それが果して成るか成らぬか。そこに脊骨《せぼね》が絞《しぼ》られるような悩《なや》みが……」
「ト云うと天覧を仰《あお》ぐということが無理なことになるが、今更|野暮《やぼ》を云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。」
と断崖《だんがい》から取って投げたように言って、中村は豪然《ごうぜん》として威張った。
若崎は勃然《むっ》として、
「知れたことサ。」
と見かえした。身体中に神経がピンと緊《きび》しく張ったでもあるように思われて、円味《まるみ》のあるキンキン声はその音ででも有るかと聞えた。しかしまたたちまちグッタリ沈んだ態《てい》に反《かえ》って、
「火はナア、……火はナア……」
と独《ひと》り言《ご》った。スルト中村は背を円くし頭《かしら》を低くして近々と若崎に向い、声も優しく細くして、
「火の芸術、火の芸術と君は云うがネ。何の芸術にだって厄介なところはきっと有る。僕の木彫《もくちょう》だって難関は有る。せっかくだんだんと彫上《ほりあ》げて行って、も少しで仕上《しあげ》になるという時、木の事だから木理《もくめ》がある、その木理のところへ小刀《こがたな》の力が加わる。木理によって、薄《うす》いところはホロリと欠けぬとは定まらぬ。たとえば矮鶏《ちゃぼ》の尾羽《おは》の端《はし》が三|分《ぶ》五分欠けたら何となる、鶏冠《とさか》の蜂《みね》の二番目三番目が一分二分欠けたら何となる。もう繕《つくろ》いようもどうしようも無い、全く出来損じになる。材料も吟味《ぎんみ》し、木理も考え、小刀も利味《ききあじ》を善《よ》くし、力加減も気をつけ、何から何まで十二分に注意し、そして技《わざ》の限りを尽《つく》して作をしても、木の理《め》というものは一々に異《ちが》う、どんなところで思いのほかにホロリと欠けぬものでは
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