ぼえがあったが。ナーニ必ず中るとばかりでも無いものだよ。今度の仏像《ぶつぞう》は御首《みぐし》をしくじるなんと予感して大《おおき》にショゲていても、何のあやまちも無く仕上って、かえって褒《ほ》められたことなんぞもありました。そう気にすることも無いものサ。」
と云いかけて、ちょっと考え、
「いったい、何を作ろうと思いなすったのか、まだ未定なのですか。」
と改まったように尋《たず》ねた。
「それが奇妙《きみょう》で、学校の門を出るとすぐに題が心に浮んで、わずかの道の中ですっかり姿《すがた》が纏《まと》まりました。」
「何を……どんなものを。」
「鵞鳥《がちよう》を。二|羽《わ》の鵞鳥を。薄い平《ひら》めな土坡《どば》の上に、雄《おす》の方は高く首を昂《あ》げてい、雌《めす》はその雄に向って寄って行こうとするところです。無論小さく、写生風《しゃせいふう》に、鋳膚《いはだ》で十二分に味を見せて、そして、思いきり伸《の》ばした頸《くび》を、伸ばしきった姿の見ゆるように随分《ずいぶん》細く」
と話すのを、こっちも芸術家だ、眼をふさいで瞑想《めいそう》しながら聴いていると、ありありとその姿が前に在るように見えた。そしてまだ話をきかぬ雌までも浮いて見えたので、
「雌の方の頸はちょいと一※[#小書き片仮名ト、1−6−81]うねりしてネ、そして後足の爪《つめ》と踵《かかと》とに一※[#小書き片仮名ト、1−6−81]工夫がある。」
というと、不思議にも言い中《あ》てられたので、
「ハハハ、その通りその通り。」
と主人は爽《さわ》やかに笑った。が、その笑声の終らぬ中《うち》に、客はフト気中りがして、鵞鳥が鋳損《いそん》じられた場合を思った。デ、好い図ですネ、と既に言おうとしたのを呑《の》んでしまった。
 主人は、
「気中りがしてもしなくても構いませんが、ただ心配なのは御前ですからな。せっかくご天覧いただいているところで失敗しては堪《たま》りませんよ。と云って火のわざですから、失敗せぬよう理詰《りづ》めにはしますが、その時になって土を割ってみない中は何とも分りません。何だか御前で失敗するような気がすると、居ても立っても居られません。」
 中村は今|現《げん》に自分にも変な気がしたのであったから、主人に同情せずにはいられなくなった。なるほど火の芸術は! 一切《いっさい》芸術の極致《きょくち》は
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