》のパッチで尻端折《しりはしょり》、薄《うす》いノメリの駒下駄穿《こまげたば》きという姿《なり》も、妙な洒落《しゃれ》からであって、後輩の自分が枯草色《かれくさいろ》の半毛織の猟服《りょうふく》――その頃《ころ》銃猟《じゅうりょう》をしていたので――のポケットに肩《かた》から吊《つ》った二合瓶《にごうびん》を入れているのだけが、何だか野卑《やひ》のようで一群に掛離《かけはな》れ過ぎて見えた。
庭口から直《ちょく》に縁側《えんがわ》の日当りに腰《こし》を卸《おろ》して五分ばかりの茶談の後、自分を促《うなが》して先輩等は立出でたのであった。自分の村人は自分に遇《あ》うと、興がる眼《め》をもって一行を見て笑いながら挨拶《あいさつ》した。自分は何となく少しテレた。けれども先輩達は長閑気《のんき》に元気に溌溂《はつらつ》と笑い興じて、田舎道《いなかみち》を市川の方へ行《ある》いた。
菜《な》の花畠《はなばたけ》、麦《むぎ》の畠、そらまめの花、田境《たざかい》の榛《はん》の木を籠《こ》める遠霞《とおがすみ》、村の児《こ》の小鮒《こぶな》を逐廻《おいまわ》している溝川《みぞかわ》、竹籬《たけがき》、薮椿《やぶつばき》の落ちはららいでいる、小禽《ことり》のちらつく、何ということも無い田舎路ではあるが、ある点を見出しては、いいネエ、と先輩がいう。なるほど指摘《してき》されて見ると、呉春《ごしゅん》の小品でも見る位には思えるちょっとした美がある。小さな稲荷《いなり》のよろけ鳥居が薮げやきのもじゃもじゃの傍《そば》に見えるのをほめる。ほめられて見ると、なるほどちょっとおもしろくその丹《に》ぬりの色の古ぼけ加減が思われる。土橋《どばし》から少し離《はな》れて馬頭観音《ばとうかんのん》が有り無しの陽炎《かげろう》の中に立っている、里の子のわざくれだろう、蓮華草《れんげそう》の小束《こたば》がそこに抛《ほう》り出されている。いいという。なるはど悪くはない。今はじまったことでは無いが、自分は先輩のいかにも先輩だけあるのに感服させられて、ハイなるほどそうですネ、ハイなるほどそうですネ、と云っていると、東坡巾の先生は※[#「單+展」、第4水準2−4−51]然《てんぜん》として笑出して、君そんなに感服ばかりしていると、今に馬糞《まぐそ》の道傍《みちばた》に盛上《もりあ》がっているのまで春の景色《けいしょく》だなぞと褒《ほ》めさせられるよ、と戯《たわむ》れたので一同《みんな》哄然《どっ》と笑声《しょうせい》を挙《あ》げた。
東坡巾先生は道行振の下から腰にしていた小さな瓢《ひさご》を取出した。一合少し位しか入らぬらしいが、いかにも上品な佳《よ》い瓢だった。そして底の縁《へり》に小孔《こあな》があって、それに細い組紐《くみひも》を通してある白い小玉盃《しょうぎょくはい》を取出して自ら楽しげに一盃《いっぱい》を仰《あお》いだ。そこは江戸川の西の土堤《どて》へ上《あが》り端《ばな》のところであった。堤《つつみ》の桜《さくら》わずか二三|株《しゅ》ほど眼界に入っていた。
土耳古帽《トルコぼう》は堤畔《ていはん》の草に腰を下して休んだ。二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、袂《たもと》から白い巾《きれ》に包《くる》んだ赤楽《あからく》の馬上杯《ばじょうはい》を取出し、一度|拭《ぬぐ》ってから落ちついて独酌《どくしゃく》した。鼠股引《ねずみももひき》の先生は二ツ折にした手拭《てぬぐい》を草に布《し》いてその上へ腰を下して、銀の細箍《ほそたが》のかかっている杉の吸筒《すいづつ》の栓《せん》をさし直して、張紙《はりこ》の※[#「髟/休」、第3水準1−94−26]猪口《ぬりちょく》の中は総金箔《ひたはく》になっているのに一盃ついで、一[#(ト)]口|呑《の》んだままなおそれを手にして四方《あたり》を眺《なが》めている。自分は人々に傚《なら》って、堤腹に脚《あし》を出しながら、帰路《かえり》には捨てるつもりで持って来た安い猪口に吾《わ》が酒を注《つ》いで呑んだ。
見ると東坡巾先生は瓢も玉盃も腰にして了《しま》って、懐中《ふところ》の紙入から弾機《ばね》の無い西洋ナイフのような総真鍮製《そうしんちゅうせい》の物を取出して、刃《は》を引出して真直《まっすぐ》にして少し戻《もど》すと手丈夫《てじょうぶ》な真鍮の刀子《とうす》になった。それを手にして堤下《どてした》を少しうろついていたが、何か掘《ほ》っていると思うと、たちまちにして春の日に光る白い小さい球根を五つ六つ懐《ふところ》から出した半紙の上に載《の》せて戻《もど》って来た。ヤア、と云って皆は挨拶した。
鼠股引氏は早速《さっそく》にその球《たま》を受取って、懐紙《かいし》で土を拭って、取出した小短冊形の杉板
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