|紅※[#二の字点、1−2−22]《あか/\》と起して、今年十六の伜の長次と職人一人を相手として他念なく働いたお庇《かげ》で、生計も先づ裕《ゆた》かに折※[#二の字点、1−2−22]は魚屋の御用聞きなどを呼入れて、世話女房の酌で一杯やるといつた無事な日常《くらし》、世人も羨む位であつた。
 が、儘ならぬは浮世の常、この忠実な鉄瓶職人の家庭に思はぬ運命の暗影が射し始めた。それは、京都に名高い龍文堂といふ鉄瓶屋が時勢の変遷、世人の嗜好に敏なるところから在来の無地荒作りの鉄瓶に工夫を凝らして、華奢な仕上、唐草模様や、奇怪な岩組などといつた、型さま/″\の新品を製鋳して評判をとつたのが抑※[#二の字点、1−2−22]の初め、追ひ/\同職の誰彼もがそれを真似して益※[#二の字点、1−2−22]珍奇を競ひ立つたので、正直一|途《づ》、唯手堅い一方の釜貞は、時流に悠然として己が職分を守つてゐたが、水清ければ魚棲まず、孤高を衒《てら》ふ釜貞への註文は日に尠くなつてゆく所へ持つて来て、同じ土地の新八、太七と云ふ職人が考案した七彩浮ぶかと想はるゝやうな新鋳品が「虹蓋《にじぶた》」と名づけられて世間の評判を
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