そういう訳だから、魔法の談《はなし》などといっても際限のないことである。
我邦《わがくに》での魔法の歴史を一瞥して見よう。先ず上古において厭勝《まじない》の術があった。この「まじなう」という「まじ」という語は、世界において分布区域の甚《はなは》だ広い語で、我国においてもラテンやゼンドと連なっているのがおもしろい。禁厭《きんえん》をまじないやむると訓《よ》んでいるのは古いことだ。神代《じんだい》から存したのである。しかし神代のは、悪いこと兇なることを圧し禁《と》むるのであった。奈良朝になると、髪の毛を穢《きたな》い佐保川《さほがわ》の髑髏《どくろ》に入れて、「まじもの」せる不逞《ふてい》の者などあった。これは咒詛調伏《じゅそちょうぶく》で、厭魅《えんみ》である、悪い意味のものだ。当時既にそういう方術があったらしく、そういうことをする者もあったらしい。
神おろし、神がかりの類は、これもけだし上古からあったろう。人皇《にんのう》十五、六代の頃に明らかに見える。が、紀記ともに其処《そこ》は仮託が多いと思われる。かみなびの神より板《いた》にする杉のおもひも過《すぎ》ず恋のしげきに、という万葉
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