おかみ》へでも売りつけるより仕様がねえ、ところでおれ様と来ちゃあ政府《おかみ》でも買い切れめえじゃあねえか。川岸《かし》女郎《じょろう》になる気で台湾《たいわん》へ行くのアいいけれど、前借《ぜんしゃく》で若干銭《なにがし》か取れるというような洒落た訳にゃあ行かずヨ、どうも我ながら愛想《あいそ》の尽きる仕義だ。
「そんな事をいってどうするんだエ。
「どうするッてどうもなりゃあしねえ、裸体《はだか》になって寝ているばかりヨ。塵挨《ほこり》が積《たか》る時分にゃあ掘出し気《ぎ》のある半可通《はんかつう》が、時代のついてるところが有り難《がて》えなんてえんで買って行くか知れねえ、ハハハ。白丁《はくちょう》奴《め》軽くなったナ。
「ほんとに人を馬鹿にしてるね。わたしを何だとおもっておいでのだエ、こっちは馬鹿なら馬鹿なりに気を揉《も》んでるのに、何もかも茶にして済《す》ましているたあ余《あんま》り人を袖《そで》にするというものじゃあ無いかエ。
と少しつんとして、じれったそうにグイと飲む。酒の廻りしため面《おもて》に紅色《くれない》さしたるが、一体|醜《みにく》からぬ上|年齢《としばえ》も葉桜《はざくら》の匂《におい》無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻《さき》より上りて婀娜《あだ》ッぽいいい年増《としま》なり。
「そう悪く取っちゃあいけねエ。そんなら実《ほん》の事を云おうか、実《じつ》はナ。
「アアどうするッてエの。
「実はナ。ほんとうの事を云やあ、ナ。
「アアどうするッてエのだッていうのにサ。
「エエ糞《くそ》ッ、忌々《いめえま》しいが云ってしまおう。実は過日《こねえだ》家《うち》を出てから、もうとても今じゃあ真当《ほんと》の事ア遣《やっ》てる間《ま》がねえから汝《てめえ》に算段させたんで、合百《ごうひゃく》も遣りゃあ天骰子《てんさい》もやる、花も引きゃあ樗蒲一《ちょぼいち》もやる、抜目《ぬけめ》なくチーハも買う富籤《とみ》も買う。遣らねえものは燧木《マッチ》の賭博《かけ》で椋鳥《むくどり》を引っかける事ばかり。その中《うち》にゃあ勝ちもした負けもした、いい時ゃ三百四百も握《にぎ》ったが半日たあ続かねえでトドのつまりが、残ったものア空財布《からさいふ》の中に富籤《とみ》の札《ふだ》一枚《いちめえ》だ。こいつあ明日《あした》になりゃあ勝負がつくのだ、どうせ無益《むだ》にゃあ極《きま》ってるが明日《あした》行って見ねえ中は楽みがある、これよりほかに当《あて》は無えんだ。オイ軽蔑《さげすむ》めえぜ、馬鹿なものを買ったのも詮《せん》じつめりゃあ、相場をするのと差《ちげえ》はねえのだ、当らねえには極《き》まらねえわサ。もうこうなっちゃあ智慧も何も、有ったところで役に立たねえ、有体《ありてい》に白状すりゃこんなもんだ。
 女房《にょうぼ》は眉《まゆ》を皺《しわ》めながら、
「それもそうだろうが汝《おまい》そうして当らない時はどうするつもりだエ。
「ハハハ、どうもならねえそう聞かれちゃあ。生きてる中はどうかこうか食わずにゃあいねえものだ、構うものかイ。だから裸で寝ていようというんだ。愛想《あいそ》が尽きたか、可愛想《かわいそう》な。厭気《いやき》がさしたらこの野郎に早く見切をつけやあナ、惜いもんだが別れてやらあ。汝《てめえ》が未来《このさき》に持っている果報の邪魔《じゃま》はおれはしねえ、辛《つら》いと汝が《てめえ》がおもうなら辛いつきあいはさせたくねえから。
とさすが快活《きさく》な男も少し鼻声になりながらなお酔《よい》に紛《まぎ》らして勢《いきおい》よく云う。味わえば情も薄からぬ言葉なり。女は物も云わず、修行《しゅぎょう》を積んだものか泣きもせず、ジロリと男を見たるばかり、怒った様子にもあらず、ただ真面目《まじめ》になりたるのみ。
 男なお語をつづけて、
「それともこう云っちゃあ少しウヌだが、貧《ひん》すりゃ鈍《どん》になったように自分でせえおもうこのおれを捨ててくれねえけりゃア、真《ほん》の事《こっ》たあ、明日の富に当らねえが最期《さいご》おらあ強盗になろうとももうこれからア栄華《えいが》をさせらあ。チイッと覚悟《かくご》をし直してこれからの世を渡《わた》って行きゃあ、二度と汝《てめえ》に銭金の苦労はさせねえ。まだこの世界《せけえ》は金銭《かね》が落ちてる、大層くさくどこへ行っても金金と吐《ぬか》しゃあがってピリついてるが、おれの眼で見りゃあ狗《いん》の屎《くそ》より金はたくさんにころがってらア。ただ狗《いん》の屎を拾う気になって手を出しゃあ攫取《つかみど》りだ、真《ほん》の事《こっ》たあ、馬鹿な世界だ。
「訳が解《わか》らないよ汝《おまえ》の云うことア、やっぱり強盗におなりだというのかエ。
「馬鹿ア云え、強盗になりゃアどうなるとおも
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