2]の事情が分つて見れば、東国に於ける将門の勢威を致した其の材幹力量は多とすべきであるから、是《かく》の如き才を草莱《さうらい》に埋めて置かないで、下総守になり鎮守府《ちんじゆふ》将軍になりして其父の後を襲《つ》がせ、朝廷の為に用を為させた方が、才に任じ能を挙ぐる所以《ゆゑん》の道である、それで或は将門を薦《すゝ》むる者もあり、或は将門の為に功果ある可きの由が廷に議せられたことも有つたか知れない、記に「諸国の告状に依り、将門の為に功果有るべきの由宮中に議せらるゝ」と記されて居るのも、虚妄《きよまう》で無くて、有り得べきことである。傭前介《びぜんのすけ》藤原|子高《たねたか》を殺し播磨介《はりまのすけ》島田|惟幹《これもと》を殺した後にさへ、純友は従五位を授けられんとしてゐる、其は天慶二年の事である。何にせよ善《よ》かれ悪《あし》かれ将門は経基の訴の後、大《おほい》なる問題、注意人物の雄《ゆう》として京師の人※[#二の字点、1−2−22]に認められたに疑無いから、経基の言は将門の運命に取つては一転換の機を為してゐるのである。
 良兼は今はもう将門の敵たるに堪へ無くなつて、此年六月上旬病死
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