》と共に手を携え肩を駢《なら》べ優々と雲の上に行《ゆき》し後《あと》には白薔薇《ホワイトローズ》香《におい》薫《くん》じて吉兵衛《きちべえ》を初め一村の老幼|芽出度《めでたし》とさゞめく声は天鼓を撃つ如《ごと》く、七蔵《しちぞう》がゆがみたる耳を貫けば是《これ》も我慢の角《つの》を落《おと》して黒山《こくざん》の鬼窟《きくつ》を出《いで》、発心《ほっしん》勇ましく田原と共に左右の御前立《おんまえだち》となりぬ。
 其後《そののち》光輪《ごこう》美《うるわ》しく白雲に駕《のっ》て所々《しょしょ》に見ゆる者あり。或《ある》紳士の拝まれたるは天鷲絨《ビロウド》の洋服|裳《すそ》長く着玉いて駄鳥《だちょう》の羽宝冠に鮮《あざやか》なりしに、某《なにがし》貴族の見られしは白|襟《えり》を召《めし》て錦の御帯《おんおび》金色《こんじき》赫奕《かくえく》たりしとかや。夫《それ》に引変え破《やぶれ》褞袍《おんぼう》着て藁草履《わらぞうり》はき腰に利鎌《とがま》さしたるを農夫は拝み、阿波縮《あわちぢみ》の浴衣《ゆかた》、綿八反《めんはったん》の帯、洋銀の簪《かんざし》位《ぐらい》の御姿を見しは小商人《こあきんど》にて、風寒き北海道にては、鰊《にしん》の鱗《うろこ》怪しく光るどんざ布子《ぬのこ》、浪《なみ》さやぐ佐渡《さど》には、色も定かならぬさき織を着て漁師共の眼《め》にあらわれ玉いけるが業平侯爵《なりひらこうしゃく》も程《ほど》経て踵《かかと》小さき靴をはき、派手なリボンの飾りまばゆき服を召されたるに値偶《ちぐう》せられけるよし。是《これ》皆|一切経《いっさいきょう》にもなき一体の風流仏、珠運が刻みたると同じ者の千差万別の化身《けしん》にして少しも相違なければ、拝みし者|誰《たれ》も彼も一代の守本尊《まもりほんぞん》となし、信仰|篤《あつ》き時は子孫|繁昌《はんじょう》家内|和睦《わぼく》、御利益《ごりやく》疑《うたがい》なく仮令《たとい》少々御本尊様を恨めしき様《よう》に思う事ありとも珠運の如くそれを火上の氷となす者には素《もと》より持前《もちまえ》の仏性《ほとけしょう》を出《いだ》し玉いて愛護の御誓願《ごせいがん》空《むな》しからず、若《もし》又《また》過《あやま》ってマホメット宗《しゅう》モルモン宗《しゅう》なぞの木偶《もくぐう》土像などに近づく時は現当二世《げんとうにせ》の御罰《おんばち》あらたかにして光輪《ごこう》を火輪《かりん》となし一家《いっけ》をも魂魂《こんぱく》をも焼滅《やきほろぼ》し玉うとかや。あなかしこ穴《あな》賢《かしこ》。



底本:「日本の文学3 五重塔・運命」ほるぷ出版
   1985(昭和60)年2月1日初版第1刷発行
底本の親本:「風流仏」吉岡書籍店
   1889(明治22)年9月発行
入力:kompass
校正:今井忠夫
2003年12月8日作成
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