欲《ほ》しとならばお辰|住居《すまい》たる家|尚《なお》能《よか》らん、畳さえ敷けば細工部屋にして精々《せいぜい》一ト月位|住《すま》うには不足なかるべし、ナニ話に来るは謝絶《ことわる》と云わるゝか、それも承知しました、それならば食事を賄《まかな》うより外に人を通わせぬよう致しますか、然《しか》し余り牢住居《ろうずまい》の様《よう》ではないか、ムヽ勝手とならば仕方がない、新聞|丈《だ》けは節々《せつせつ》上《あげ》ましょう、ハテ要《い》らぬとは悪い合点《がてん》、気の尽《つき》た折は是非世間の面白|可笑《おかし》いありさまを見るがよいと、万事親切に世話して、珠運が笑《えま》し気《げ》に恋人の住《すみ》し跡に移るを満足せしが、困りしは立像刻む程の大きなる良《よき》木なく百方|索《さが》したれど見当らねば厚き檜《ひのき》の大きなる古板を与えぬ。
[#改ページ]

    第九 如是果《にょぜか》

      上 既《すで》に仏体《ぶったい》を作りて未得《みとく》安心《あんしん》

 勇猛《ゆうみょう》精進潔斎怠らず、南無帰命頂礼《なむきみょうちょうらい》と真心を凝《こら》し肝胆《かんたん》を砕きて三拝|一鑿《いっさく》九拝一刀、刻み出《いだ》せし木像あり難や三十二|相《そう》円満の当体《とうたい》即仏《そくぶつ》、御利益《ごりやく》疑《うたがい》なしと腥《なまぐさ》き和尚様《おしょうさま》語られしが、さりとは浅い詮索《せんさく》、優鈿《うでん》大王《だいおう》とか饂飩《うどん》大王《だいおう》とやらに頼まれての仕事《しわざ》、仏師もやり損じては大変と額に汗流れ、眼中に木片《ききれ》の飛込《とびこむ》も構わず、恐れ惶《かしこ》みてこそ作りたれ、恭敬三昧《きょうけいざんまい》の嬉《うれし》き者ならぬは、御本尊様の前の朝暮《ちょうぼ》の看経《かんきん》には草臥《くたびれ》を喞《かこ》たれながら、大黒《だいこく》の傍《そば》に下らぬ雑談《ぞうだん》には夜の更《ふく》るをも厭《いと》い玉わざるにても知るべしと、評せしは両親を寺参りさせおき、鬼の留守に洗濯する命じゃ、石鹸《シャボン》玉|泡沫《ほうまつ》夢幻《むげん》の世に楽を為《せ》では損と帳場の金を攫《つか》み出して御歯涅《おはぐろ》溝《どぶ》の水と流す息子なりしとかや。珠運《しゅうん》は段々と平面板《ひらいた》に彫浮《ほりう
前へ 次へ
全54ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング