噂《うわさ》にまで先走りて若い者は駒《こま》と共に元気|付《づき》て来る中に、さりとてはあるまじき鬱《ふさ》ぎ様《よう》。此《この》跡ががらりと早変りして、さても/\和御寮《わごりょ》は踊る振《ふり》が見たいか、踊る振が見たくば、木曾路に御座れのなど狂乱の大陽気《おおようき》にでも成《なら》れまい者でもなしと亀屋《かめや》の爺《おやじ》心配し、泣くな泣きゃるな浮世は車、大八の片輪《かたわ》田の中に踏込んだ様《よう》にじっとして、くよ/\して居るよりは外をあるいて見たら又どんな女に廻《めぐ》り合《あう》かもしれぬ、目印の柳の下で平常《ふだん》魚は釣《つ》れぬ代り、思いよらぬ蛤《はまぐり》の吸物から真珠を拾い出すと云う諺《ことわざ》があるわ、腹を広く持て、コレ若いの、恋は他《ほか》にもある者を、と詞《ことば》おかしく、兀頭《はげあたま》の脳漿《のうみそ》から天保度《てんぽうど》の浮気論主意書《うわきろんしゅいがき》という所を引抽《ひきぬ》き、黴《かび》の生《はえ》た駄洒落《だじゃれ》を熨斗《のし》に添《そえ》て度々進呈すれど少しも取り容《い》れず、随分面白く異見を饒舌《しゃべ》っても、却《かえ》って珠運が溜息《ためいき》の合《あい》の手の如《ごと》くなり、是では行かぬと本調子整々堂々、真面目《まじめ》に理屈《りくつ》しんなり諄々《くどくど》と説諭すれば、不思議やさしも温順《おとなし》き人、何にじれてか大薩摩《おおざつま》ばりばりと語気|烈《はげ》しく、要《い》らざる御心配無用なりうるさしと一トまくりにやりつけられ敗走せしが、関《かま》わず置《おけ》ば当世|時花《はや》らぬ恋の病になるは必定、如何《どう》にかして助けてやりたいが、ハテ難物じゃ、それとも寧《いっそ》、経帷子《きょうかたびら》で吾家《わがや》を出立《しゅったつ》するようにならぬ内|追払《おっぱら》おうか、さりとては忍び難し、なまじお辰と婚姻を勧めなかったら兎《と》も角《かく》も、我口《わがくち》から事|仕出《しいだ》した上は我《わが》分別で結局《つまり》を付《つけ》ねば吉兵衛も男ならずと工夫したるはめでたき気象《きしょう》ぞかし。年《とし》は老《と》るべきもの流石《さすが》古兵《ふるつわもの》の斥候《ものみ》虚実の見所誤らず畢竟《ひっきょう》手に仕業《しわざ》なければこそ余計な心が働きて苦《くるし》む者なるべ
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