。知れた事お辰が。誰と。冗談は置玉《おきたま》え。あなたならで誰とゝ云《いわ》れてカッと赤面し、乾きたる舌早く、御亭主こそ冗談は置玉《おきたま》え、私約束したる覚《おぼえ》なし。イヤ怪《け》しからぬ野暮《やぼ》を云《いわ》るゝは都の御方《おかた》にも似ぬ、今時の若者《わかいもの》がそれではならぬ、さりとては百両|投出《なげだし》て七蔵にグッとも云《い》わせなかった捌《さば》き方と違っておぼこな事、それは誰しも耻《はず》かしければ其様《そのよう》にまぎらす者なれど、何も紛《まぎら》すにも及ばず[#「ず」は底本では「す」]、爺《じじ》が身に覚あってチャンと心得てあなたの思わく図星の外れぬ様致せばおとなしく御《お》待《まち》なされと何やら独呑込《ひとりのみこみ》の様子、合点《がてん》ならねば、是是《これこれ》御亭主、勘違い致さるゝな、お辰様をいとしいとこそ思いたれ女房に為様《しよう》なぞとは一厘《いちりん》も思わず、忍びかねて難義を助《たすけ》たる計《ばかり》の事、旅の者に女房授けられては甚《はなは》だ迷惑。ハハハヽア、何の迷惑、器量美しく学問|音曲《おんぎょく》のたしなみ無《なく》とも縫針《ぬいはり》暗からず、女の道自然と弁《わきま》えておとなしく、殿御《とのご》を大事にする事|請合《うけあい》のお辰を迷惑とは、両柱《ふたはしら》の御神以来|図《ず》ない議論、それは表面《うわべ》、真《まこと》を云えば御前の所行《しょぎょう》も曰《いわ》くあってと察したは年の功、チョン髷《まげ》を付《つけ》て居ても粋《すい》じゃ、実《まこと》はおれもお前のお辰に惚《ほれ》たも善《よ》く惚た、お辰が御前に惚たも善く惚たと当世の惚様《ほれよう》の上手なに感心して居るから、媼《ばば》とも相談して支度出来次第婚礼さする積《つもり》じゃ、コレ珠運年寄の云う事と牛の鞦《しりがい》外れそうで外れぬ者じゃ、お辰を女房にもってから奈良へでも京へでも連立《つれだっ》て行きゃれ、おれも昔は脇差《わきざし》に好《このみ》をして、媼も鏡を懐中してあるいた頃《ころ》、一世一代の贅沢《ぜいたく》に義仲寺《ぎちゅうじ》をかけて六条様参り一所《いっしょ》にしたが、旅ほど嚊《かか》が可愛《かわゆ》うておもしろい事はないぞ、いまだに其頃《そのころ》を夢に見て後での話しに、此《この》間も嫗《ばば》に真夜中|頃《ごろ》入歯を飛出
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