あなたの御厄介《ごやっかい》になろうとは申《もうし》ませぬ、お辰は私の姪、あなたの娘ではなしさ、きり/\此処《ここ》へ御出《おだし》なされ、七が眼尻《めじり》が上《あが》らぬうち温直《すなお》になされた方が御為《おため》かと存じます、それともあなたは珠運とかいう奴《やつ》に頼まれて口をきく計《ばか》りじゃ、おれは当人じゃ無《なけ》れば取計いかねると仰《おっし》ゃるならば其男《そのおとこ》に逢いましょ。オヽ其男御眼にかゝろうと珠運|立出《たちいで》、つく/″\見れば鼻筋通りて眼つきりゝしく、腮《あぎと》張りて一ト癖|確《たしか》にある悪物《しれもの》、膝《ひざ》すり寄せて肩怒らし、珠運とか云う小二才はおのれだな生《なま》弱々しい顔をして能《よく》もお辰を拐帯《かどわか》した、若いには似ぬ感心な腕《うで》、併《しか》し若いの、闘鶏《しゃも》の前では地鶏《じどり》はひるむわ、身の分限を知《しっ》たなら尻尾《しりお》をさげて四の五のなしにお辰を渡して降参しろ。四の五のなしとは結構な仰《おお》せ、私も手短く申しましょうならお辰様を売《うら》せたくなければ御相談。ふざけた囈語《ねごと》は置《おい》てくれ。コレ七、静《しずか》に聞け、どうか売らずと済む工夫をと云うをも待たず。全体|小癪《こしゃく》な旅烏《たびがらす》と振りあぐる拳《こぶし》。アレと走り出《いず》るお辰、吉兵衛も共に止《とめ》ながら、七蔵、七蔵、さてもそなたは智慧《ちえ》の無い男、無理に売《うら》ずとも相談のつきそうな者を。フ相談|付《つか》ぬは知れた事、百両出すなら呉れてもやろうがとお辰を捉《とら》え立上《たちあが》る裙《すそ》を抑え、吉兵衛の云う事をまあ下に居てよく聞け、人の身を売買《うりかい》するというは今日《こんにち》の理に外れた事、娼妓《じょうろ》にするか妾に出すか知らぬが。エヽ喧擾《やかま》しいわ、老耄《おいぼれ》、何にして食おうがおれの勝手、殊更内金二十両まで取って使って仕舞《しま》った、変改《へんがい》はとても出来ぬ大きに御世話、御茶でもあがれとあくまで罵《ののし》り小兎《こうさぎ》攫《つか》む鷲《わし》の眼《まな》ざし恐ろしく、亀屋の亭主も是《これ》までと口を噤《つぐ》むありさま珠運|口惜《くちおし》く、見ればお辰はよりどころなき朝顔の嵐《あらし》に逢《あ》いて露|脆《もろ》く、此方《こなた》に向
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