》の切り屑《くず》蚊遣《かや》りに焼《た》きて是も余徳とあり難《がた》かるこそおかしけれ。顔の色を林間の紅葉《もみじ》に争いて酒に暖めらるゝ風流の仲間にも入《い》らず、硝子《ガラス》越しの雪見に昆布《こんぶ》を蒲団《ふとん》にしての湯豆腐を粋《すい》がる徒党にも加わらねば、まして島原《しまばら》祇園《ぎおん》の艶色《えんしょく》には横眼《よこめ》遣《つか》い一《ひ》トつせず、おのが手作りの弁天様に涎《よだれ》流して余念なく惚《ほ》れ込み、琴《こと》三味線《しゃみせん》のあじな小歌《こうた》は聞《きき》もせねど、夢の中《うち》には緊那羅神《きんならじん》の声を耳にするまでの熱心、あわれ毘首竭摩《びしゅかつま》の魂魄《こんぱく》も乗り移らでやあるべき。かくて三年《みとせ》ばかり浮世を驀直《まっすぐ》に渡り行《ゆか》れければ、勤むるに追付く悪魔は無き道理、殊さら幼少より備《そなわ》っての稟賦《うまれつき》、雪をまろめて達摩《だるま》を作《つく》り大根を斬《き》りて鷽《うそどり》の形を写しゝにさえ、屡《しばしば》人を驚かせしに、修業の功を積《つみ》し上、憤発《ふんぱつ》の勇を加えしなれば冴《さえ》し腕は愈々《いよいよ》冴《さ》え鋭き刀《とう》は愈《いよいよ》鋭く、七歳の初発心《しょほっしん》二十四の暁に成道《じょうどう》して師匠も是《これ》までなりと許すに珠運は忽《たちま》ち思い立ち独身者《ひとりもの》の気楽さ親譲りの家財を売ってのけ、いざや奈良鎌倉日光に昔の工匠《たくみ》が跡|訪《と》わんと少し許《ばかり》の道具を肩にし、草鞋《わらじ》の紐《ひも》の結いなれで度々解くるを笑われながら、物のあわれも是よりぞ知る旅。

      下 苦労は知らず勉強の徳

 汽車もある世に、さりとては修業する身の痛ましや、菅笠《すげがさ》は街道の埃《ほこり》に赤うなって肌着《はだぎ》に風呂場《ふろば》の虱《しらみ》を避け得ず、春の日永き畷《なわて》に疲れては蝶《ちょう》うら/\と飛ぶに翼|羨《うらや》ましく、秋の夜は淋《さび》しき床に寝覚《ねざ》めて、隣りの歯ぎしみに魂を驚かす。旅路のなさけなき事、風吹き荒《すさ》み熱砂顔にぶつかる時|眼《め》を閉《ふさ》ぎてあゆめば、邪見《じゃけん》の喇叭《らっぱ》気《き》を注《つ》けろがら/\の馬車に胆《きも》ちゞみあがり、雨降り切《しき》りては新道《
前へ 次へ
全54ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング