いのは犬の子だってぶつから痛いよ。オヽ道理《もっとも》じゃと抱き寄すれば其《その》儘《まま》すや/\と睡《ねむ》るいじらしさ、アヽ死なれぬ身の疾病《やまい》、是《これ》ほどなさけなき者あろうか。
下 子は岩蔭《いわかげ》に咽《むせ》ぶ清水《しみず》よ
格子戸《こうしど》がら/\とあけて閉《しめ》る音は静《しずか》なり。七蔵《しちぞう》衣装《いしょう》立派に着飾りて顔付高慢くさく、無沙汰《ぶさた》謝《わび》るにはあらで誇り気《げ》に今の身となりし本末を語り、女房《にょうぼう》に都見物|致《いた》させかた/″\御近付《おちかづき》に連《つれ》て参ったと鷹風《おおふう》なる言葉の尾につきて、下ぐる頭《かしら》低くしとやかに。妾《わたくし》めは吉《きち》と申す不束《ふつつか》な田舎者、仕合《しあわ》せに御縁の端に続《つな》がりました上は何卒《なにとぞ》末長く御眼《おめ》かけられて御不勝《ごふしょう》ながら真実《しんみ》の妹とも思《おぼ》しめされて下さりませと、演《のぶ》る口上に樸厚《すなお》なる山家《やまが》育ちのたのもしき所見えて室香《むろか》嬉敷《うれしく》、重き頭《かしら》をあげてよき程に挨拶《あいさつ》すれば、女心の柔《やわらか》なる情《なさけ》ふかく。姉様《あねさま》の是《これ》ほどの御病気、殊更《ことさら》御幼少《おちいさい》のもあるを他人任せにして置きまして祇園《ぎおん》清水《きよみず》金銀閣見たりとて何の面白かるべき、妾《わたし》は是《これ》より御傍《おそば》さらず[#「ず」は底本では「す」]御看病致しましょと云《い》えば七蔵|顔《つら》膨《ふく》らかし、腹の中《うち》には余計なと思い乍《なが》ら、ならぬとも云い難く、それならば家も狭しおれ丈《だ》ケは旅宿に帰るべしといって其《その》晩は夜食の膳《ぜん》の上、一酌《いっしゃく》の酔《よい》に浮《うか》れてそゞろあるき、鼻歌に酒の香《か》を吐き、川風寒き千鳥足、乱れてぽんと町か川端《かわばた》あたりに止《とど》まりし事あさまし。室香はお吉に逢《あ》いてより三日目、我子《わがこ》を委《ゆだ》ぬる処《ところ》を得て気も休まり、爰《ここ》ぞ天の恵み、臨終|正念《しょうねん》たがわず、安《やすら》かなる大往生、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》は嬌喉《きょうこう》に粋《すい》の果《はて》を送り三重《さんじ
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