りまするから、それらをいちいち遺漏無く申上げる事は甚だ困難の事で、かつまた一席の御話には不適当な事でございますから、ただ今はただ馬琴の小説中に現われて居りまする人物と当時の実社会の人物という一条について、御話を試みようと存じます。小説と社会との重要な関係点は、幾干《いくつ》も幾干も有るのでございまするが、小説中の人物と実社会の人物との関係と申す事は、取り分け重要であり、かつまた切実な点であることは申すまでもない事だと存じまするのでございます。
馬琴という人は、或る種類の人、ひと口に申しますれば通人《つうじん》がったり大人物がったりする人々には、余り賞されないのみならず、あるいはクサされる傾きさえある人でありますが、先ず日本の文学史上にはどうしても最高の地位を占めて居る人でございまして、十二分に尊敬すべき人だとは、十目十指の認めて居るところでございます。なるほど酸《す》いも甘いも咬《か》み分けたというような肌合の人には、馬琴の小説は野暮《やぼ》くさいでもありましょうし、また清い水も濁った水も併せて飲むというような大腹中《ふとっぱら》の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度《
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