て立つように、地平線とは直角をなして、即ち衆俗を抽《ぬき》んでて挺然《ていぜん》として自《みずか》ら立って居りますので、その著述は実社会と決して没交渉でも無関係でもありませんが、しかし並行はして居りませぬのです。時代の風潮は遊廓で優待されるのを無上の栄誉と心得て居る、そこで京伝らもやはり同じ感情を有して居る、そこで京伝らの著述を見れば天明《てんめい》前後の社会の堕落さ加減は明らかに写って居ますが、時代はなお徳川氏を謳歌して居るのであります。しかし馬琴は心中に将軍政治を悦んでは居りませんでした。誰が馬琴の『侠客伝』などを当時の実社会の反映だとはいい得ましょう? 馬琴以外の作者は実に時代と並行線を描いて居ましたが、馬琴は実に時代と直角的に交叉して居たのであります。時代の流れと共に流れ漂って居た人で無かったのであります。自分は自分の感情思想趣味があって、そしてその自分の感情思想趣味を以て実社会を批判して書いたのであるという事を認めなければならんのであります。
下手《へた》の長談義で余り長くなりますから、これまでに致して置きます。
[#地から1字上げ](明治四十一年四月)
底本:「南総里見八犬伝 (十)」岩波文庫、岩波書店
1990(平成2)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「露伴全集 第十五巻」岩波書店
1952(昭和27)年
入力:しだひろし
校正:オーシャンズ3
2007年11月27日作成
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