の敵《あだ》なれば打壊《うちくづ》さでは已むまじきぞ、心に染まぬ大千世界、見よ/\、火前の片羽となり風裏の繊塵《せんぢん》と為して呉れむ、仏に六種の神通あれば朕に千般の業通あり、ありとあらゆる有情含識《うじやうがんしき》皆朕が魔界に引き入れて朕が眷属となし果つべし、汝が述べたるところの如きは円顱の愚物が常套の談、醜し、醜し、将《もち》帰り去れ、※[#「けものへん+胡」、122−下−21]※[#「けものへん+孫」、122−下−21]《こそん》が瞋《いかり》を賺《す》かす胡餅《こべい》の一片、朕を欺かんとや、迂なり迂なり、想ひ見よ、そのかみ朕此讃岐の涯に来て、沈み果てぬる破舟《やれぶね》の我にもあらず歳月《としつき》を、空しく杉の板葺の霰に悲しき夜を泣きて、風につれなき日を送り、心くだくる荒磯の浪の響に霜の朝、独り寐覚めし凄じさ、思ひも積る片里の雪に灯火《ともし》の瞬く宵、たゞ我が影の情無く古びし障子に浸み入るを見つめし折の味気無さ、如何ばかりなりしと汝思ふや、歌の林に人の心の花香をも尋ね、詞の泉に物のあはれの深き浅きをも汲みて分くる、敷嶋の道の契りも薄からず結びし汝なれば、厳しく吹きし初秋の嵐の風に世を落ちて、日影傾く西山の山の幾重の外にさすらひ、初雁音《はつかりがね》も言づてぬ南の海の海遥なる離れ嶋根に身を佗びて、捨てぬ光は月のみの水より寒く庇廂《ひさし》洩る住家に在りし我が情懐《おもひ》は、推しても大概《およそ》知れよかし、されば徃時《むかし》は朕とても人をば責めず身を責めて、仏に誓ひ世に誓ひ、おのれが業をあさましく拙かりしと悔い歎きて、心の水の浅ければ胸の蓮葉《はちすば》いつしかと開けんことは難けれど、辿る/\も闇き世を出づべき道に入らんとて、天《そら》へと伸ぶる呉竹の直なる願を独り立て、他《あだ》し望みは思ひ絶つ其麻衣ひきまとひ、供ふる華に置く露の露散る暁《あした》、焼《た》く香の煙の煙立つ夕を疾《とく》も来れと待つ間、一字三礼妙典書写の功を積みしに、思ひ出づるも腹立たしや、たゞに朕が現世の事を破りしのみならず、また未来世の道をも妨ぐる人の振舞、善悪も邪正もこれ迄なりと入つたる此道、得たる此果、今は金輪崩るるとも、銕囲《てつゐ》劈裂《つんざ》け破るゝとも、思ふ事果さでは得こそ止まじ、真夏の午《ひる》の日輪を我が眼の中に圧し入れらるゝは能く忍ぶべし、胸の恨を棄て
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