らしいが、原人土器採集や比較などにも興味を有して、數※[#二の字点、1−2−22]近在へ出掛けられたが、予は土器いぢりは好まなかつたから餘り知らぬ。然し一日、土器破片を氏が模造してゐるのを見て、實に其の好事に驚いた。何千年前の土器の破片を模造して、そして樂しんで居る人が、他に何所に有らう。すべて此樣な調子で自ら娯《たのし》んでゐたのが、氏の面目で有つた。
氏の一生を通じて、氏は餘り有るの聰明を有してゐながら、それを濫用せず、おとなしく身を保つて、そして人の事にも餘り立入らぬ代りに、人にも厄介を掛けず人をも煩はさず、來れば拒まず、去れば追はずといふ調子で、至極穩やかに、名利を求めず、たゞ趣味に生きて、樂しく長命した人で有つた。晩年の氏は、予が貧困多忙でおちついて遊ぶ暇が少くなつたために不知不識訪問して閑談を樂むの機會が乏しくなり、又住所も遠ざかつたので、傳聞に其無事なのを知つて居た位に過ぎなかつたから、よくは知らぬが、矢張り例に依つて例の如くおとなしく面白く世を送つてゐられた事とおもふ。中年頃の氏が藏書に富んで、そして其を予輩等に貸與することを悋まず、無邪氣にして趣味ある談話を交換することを厭はれ無かつたことは、今猶追懷やまざることである。
[#地から2字上げ](大正十五年四月)
底本:「露伴全集第三十卷」岩波書店
1954(昭和29)年7月16日初版発行
1979(昭和54)年7月16日2刷
初出:「早稻田文学」
1926(大正15)年4月号
入力:土倉明彦
校正:小林繁雄
2007年8月15日作成
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