如きは固より要無き談なりと思ひつ、打出して、かく/\なれば汝の言は取るに足らずと云ふ。弟は弟、兄は兄、互に言ひ募りて少時は争ひしが、さらば明日に至りて我言の誤らぬしるしを見せん、見せまゐらせんと云ふ言葉にて、争ひは已みぬ。
雨はまた一トしきり木々の梢に音立てゝ降り来り、夜は静かにして灯火黄なり。兄は弟の面を視、弟は兄の面を視て、ものいはぬこと良《やゝ》久し。明日の天《そら》を気づかひて今朝より人※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、168−6]に幾度か尋ね問ひしに、おぼえある人※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、168−7]は皆、今日こそ斯く曇れ明日は必ず雨無かるべしと云ひしが、此のありさまにては晴るゝべくもあらず、空頼めとはかゝる時より云ひ出したる言葉なるべしなどと心の内に喞つ折しも、雨を衝《つい》て父上来玉へり。
かねて御申しかはせは仕たりしも此の雨にては明日のほども覚束無し、まことに本意《ほい》無《な》くは侍れど心に任せぬは天《そら》の事なり、まづ兎も角も休ませ玉へと云へば、父上は打笑ひ玉ひて、天のさまの測り難きは常の事なれば喞つべからず、されど今斯程に雨ふるは却つて明日の晴れぬべき兆《しるし》ならんも知るべからず、我が心にては何と無く明日は必ず晴るべきやう思ひ做さるゝなりなどと説き玉ふ。弟も我もこれに聊か頼もしくは思ひながらも、猶板戸打つ雨の音に心悩ましくおぼえて、しぶる/\枕につく。天若し晴れたらんには夜の二時といふに船を出さんとの約束なれば、夢も結ぶか結ばざるに寐醒めて静かに外のさまを考ふるに、雨の音は猶止まず、庭樹の戦《そよぎ》に風さへ有りと知らる。今はこれまでなりと其儘枕に就きたれど、流石に若くは今少時にして晴れもやせんとの心に引かされて、直ちには睡りかね居たるに、思ひは同じ弟も常には似ず眼さとく起き出でゝ、耳を欹てつ何やらん打案じ顔したりしが、やがて腹立たしげに舌打ち一つして、また夜被《よぎ》引かつぎたるさまいとをかしかりければ、思はず知らずふゝと笑ひを洩らす。其声を聞きつけて、兄上も寤め居たまへるや、此雨はまた如何に降りに降る事ぞ、さても口惜からずやと力無く睡気に云ふ。我もあまりの興無さに答へをせんも物憂くて、おゝとのみ応へつ、また睡る。
若くは雨の止むこともあらんとの思ひに心休まらで、睡るとも無く睡らぬとも無く時
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