た。女は其の調子に惹《ひ》かれて、それではまずいので、とは云兼ぬるという自意識に強く圧《お》されていたが、思わず知らず
「ハ、ハイ」
と答えると同時に、忍び音《ね》では有るが激しく泣出して終った。苦悩が爆発したのである。
「何も彼《か》も皆わたくしの恐ろしい落度から起りましたので。」
自ら責めるよりほかは無かったが、自ら責めるばかりで済むことでは無い、という思が直に※[#「匈/月」、997−上−1]《むね》の奥から逼《せま》り上《のぼ》って、
「おかた様のきつい御難儀になりました。若《も》し其の笛を取った男が、笛を証拠にして御帰りなされた御主人様におかた様の上を悪しく申しますれば、証拠のある事ゆえ、抜差しはならず、おかた様は大変なことに御成りなされまする。それで是非共に、あれを、御自由のきく此方《こなた》様《さま》の御手で御取返しを願いに、必死になって出ました訳。わたくしめに死ねとなら、わたくしは此処ででも何処ででも死んでも宜しゅうございます、どうぞ此願の叶えられますよう。」
と、しどろもどろになって、代りの品などが何の役にも立たぬことをいう。潜在している事情の何かは知らず重大なことが感ぜられて、福々爺も今はむずかしい顔になった。
「ハテ」
と卒爾《そつじ》の一句を漏らしたが、後はしばらく無言になった。眼は半眼になって終った。然しまだ苦んだ顔にはならぬ、碁の手でも按《あん》ずるような沈んだのみの顔であった。
「取った男は何様《どん》な男だ。其顔つきは。」
「額広く鼻は高く、きれの長い末上りのきつい目、朶《たぶ》の無いような耳、おとがい細く一体に面長で、上髭《うわひげ》薄く、下鬚《したひげ》疎《まば》らに、身のたけはすらりと高い方で。」
「フム――。……して浪人か町人か。」
「なりは町人でござりましたなれど、小脇差。御発明なおかた様は慥《たしか》に浪人と……」
問わるるままに女は答えた。それを咎《とが》めるというのではなく、
「娘もそなたもそれほど知ったものに、何で大切《だいじ》な物を取らせた。」
と、おのずから出ずべき疑をおのずからの調子で尋ね問われて、女はギクリと行詰まったが、
「それがわたくしの飛んでも無い過ちからでござりまして。」
と、悪いことは身にかぶって、立切《たてき》って終う。そして又切なさに泣いて終う。福々爺の顔は困惑に陥り、明らかに悶《もだ》えだ
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