ったが、実に愉快で堪えられないほどの事におもって居たのです。
 家庭は世の常を越えて厳重でありましたが、確にこれは私の益になったに相違無いです。別に家庭の教育などという論は無い頃のことでしたが、先ず毎日々々復習を為し了らなければ遊べぬということと、朝は神仏祖先に対して為《す》るだけの事を必ず為る、また朝夕は学校の事さえ手すきならば掃除雑巾がけを為るということと、物を粗末にしてはならぬという事とで責め立てられたのは、私の幸福になったに相違ないと思います。また観行院様は至って注意深い方で、例えば星は四時地位の定まらないものであるのに一寸|戸外《そと》へ出て天《そら》を仰いで星を御覧になると、ああ彼星が彼辺に在るから最う何時であるなぞと、ちゃんと時を知って居られた。そういう調子であったから子供心にも時々驚いて服した。また植物にしても左様である、庭の雑草などの名や効能なんぞを教えて下すった事が幾度もある。私の注意力はたしかに其為に養われて居るかと思います。
 小学校を了えて後は一年ばかり中学校を修めたが、それも廃めて英学を修める傍、菊地松軒という先生に就《つい》て漢学を修めました。併し最うそれからの談は今は御免を蒙りたいです。



底本:「露伴全集 第29巻」岩波書店
   1954(昭和29)年12月4日発行
初出:「今世少年 10月増刊号 今世英傑少年時代」
   1900(明治33)年10月
※初出時の表題は、「小説家幸田露伴君」です。
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を次の通りあらためました。
1.旧仮名づかいを現代仮名づかいにあらためました。
2.常用漢字表、人名漢字別表に掲げられている漢字を新字にあらためました。
  ただし、人名については底本のままとしました。
3.ひらがな・カタカナの繰り返し記号は、そのまま仮名を繰り返すようあらためました。
入力:地田尚
校正:今井忠夫
2001年6月18日公開
2009年9月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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