のは骨董を捻くつた例を見せてゐない。骨董を捻くり出すのは趣味性が長じて来たのである。それから又骨董は証拠物件である。で、学者も学問の種類によつては、学問が深くなれば是非骨董の世界に頭を突込み手を突込むやうになる。イヤでも黴臭いものを捻くらなければ、いつも定まりきつた書物の中をウロツイてゐる訳になるから、美術だの、歴史だの、文芸だの、其他いろ/\の分科の学者達も、有りふれた事は一[#(ト)]通り知り尽して終つた段になると、いつか知らぬ間に研究が骨董的に入つて行く。それも道理千万な談で、早い譬が、誤植だらけの活版本で何程《いくら》万葉集を研究したからとて、真の研究が成立たう訳は無い理屈だから、何様も学科によつては骨董的になるのがホントで、ならぬのがウソか横着かだ。マア此様な意味合もあつて、骨董は誠に貴ぶべし、骨董好きになるのは寧ろ誇るべし、骨董を捻くる度《ど》にも至らぬ人間は犬猫牛豚同様、誠にハヤ未発達の愍《あはれ》むべきものであると云つても可いのである。で、紳士たる以上はせめてムダ金の拾万両も棄てゝ、小町の真筆のあなめ/\の歌、孔子様の讃《さん》が金《きん》で書いてある顔回の瓢《ひさご》、耶蘇の血が染みてゐる十字架の切れ端などといふものを買込んで、どんなものだいと反身になるのもマンザラ悪くは有るまいかも知らぬ。
骨董いぢりは実にオツである、イキである。おもしろいに違ひ無い、高尚に違ひ無い、そして有意義に違ひない、そして場合によつては個人のため社会のためになる事も有るに違ひ無い。自分なぞも資産家でさへあれば屹度すばらしい贋物《がんぶつ》や贋筆を買込で大ニコ/\であるに疑ひ無い。骨董を買ふ以上は贋物を買ふまいなんぞといふ其様なケチな事で何様なるものか、古人も死馬の骨を千金で買ふとさへ云つてあるでは無いか。仇十州の贋筆は凡そ二十階級ぐらゐあるといふ談だが、して見れば二十度贋筆を買ひさへすれば卒業して真筆が手に入るのだから、何の訳は無いことだ。何だつて月謝を出さなければ物事はおぼえられない。贋物贋筆を買ふのは月謝を出すのだから、少しも不当の事では無い。扨月謝を沢山出した挙句に、いよ/\真物真筆を大金で買ふ。嬉しいに違ひ無い、自慢をしても可いに違ひ無い。嬉しがる、自慢をする。其の大金は喜悦税だ、高慢税だ。大金と云つたつて、十円の蝦蟇口から一円出すのは其人に取つて大金だが、千万円の弗箱から一万円出したつて五万円出したつて、比例をして見れば其人に取つて実は大金では無い、些少の喜悦税、高慢税といふべきものだ。そして其の高慢税は所得税などと違つて、政府へ納められて盗賊役人だかも知れない役人の月給などになるのでは無く、直に骨董屋さんへ廻つて世間に流通するのであるから、手取早く世間の融通を助けて、いくらか景気をよくしてゐるのである。野暮でない、洒落切つた税といふもので、いや/\出す税や、督促を食つた末に女房の帯を質屋へたゝき込んで出す税とは訳が違ふ金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺では無いが、かねに恨が数※[#二の字点、1−2−22]ござる、思へば此のかね恨めしやの税で、此方の高慢税の如きは、金と花火は飛出す時光る、花火のやうに美しい勢の好い税で、出す方も、ソレ五万両、やすいものだ、と欣※[#二の字点、1−2−22]《にこ/\》として投出す、受取る方も、ハッ五万円、先づ此位のものをお納めして置きますれば私も鼻が高うございますると欣※[#二の字点、1−2−22]して受取る。悪い心持のする景色では有るまい。誰だつて高慢税は出したからうでは無いか。自分も高慢税は沢山出したい。が、不埒千万、人生五十年過ぎてもまだ滞納とは怪しからぬものだ。
此の高慢税を納めさせることをチャンと合点してゐたのは豊臣秀吉で、何といつても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行はれ出したが、初めは銀閣金閣の主人みづから税を出してゐたのだ。まことに殊勝の心がけの人だつた。信長の時になると、もう信長は臣下の手柄勲功を高慢税額に引直して、所謂骨董を有難く頂戴させてゐる。羽柴筑前守《はしばちくぜんのかみ》なぞも戦《いくさ》をして手柄を立てる、其の勲功の報酬の一部として茶器を頂戴してゐる。つまり五万両なら五万両に相当する勲功を立てた時に、五万両の代りに茶器を戴いてゐるのである。其の骨董に当時五万両の価値が有れば、然様いふ骨董を頂戴したのはつまり筑前守は五万両の高慢税を出して喜んでそれを買つたのと同じことである。秀吉が筑前守時代に数※[#二の字点、1−2−22]の茶器を信長から勲功の賞として貰つたことを記して居る手紙を自分の知人が持つてゐる。専門の史家の鑑定に拠れば疑ふべくも無いものだ。で、高慢税を払はせる発明者は秀吉では無くて、信長の方が先輩であると考へらるゝのであるが、大
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