すそ》を弟は絞りて互いにいたわり慰めけるが、かの橋をまた引き来たりて洲の後面《うしろ》なる流れに打ちかけ、はやこの洲には用なければなおもあなたに遊び歩かん、汝たちまずこれを渡れと、長者の言葉に兄弟は顔を見合いて先刻《さき》には似ず、兄上先にお渡りなされ、弟よ先に渡るがよいと譲り合いしが、年順なれば兄まず渡るその時に、転《まろ》びやすきを気遣いて弟は端を揺がぬようしかと抑《おさ》ゆる、その次に弟渡れば兄もまた揺がぬように抑えやり、長者は苦なく飛び越えて、三人ともにいと長閑《のどけ》くそぞろに歩むそのうちに、兄が図らず拾いし石を弟が見れば美しき蓮華の形をなせる石、弟が摘《つま》み上げたる砂を兄が覗《のぞ》けば眼も眩《まばゆ》く五金の光を放ちていたるに、兄弟ともども歓喜《よろこ》び楽しみ、互いに得たる幸福《しあわせ》を互いに深く讃歎し合う、その時長者は懐中《ふところ》より真実《まこと》の璧《たま》の蓮華を取り出し兄に与えて、弟にも真実の砂金を袖より出して大切《だいじ》にせよと与えたという、話してしまえば小供|欺《だま》しのようじゃが仏説に虚言《うそ》はない、小児欺しでは決してない、噛みしめて見よ味のある話しではないか、どうじゃ汝たちにも面白いか、老僧には大層面白いが、と軽く云われて深く浸む、譬喩《ひゆ》方便も御胸の中《うち》にもたるる真実《まこと》から。源太十兵衛二人とも顔見合わせて茫然たり。

     其十

 感応寺よりの帰り道、半分は死んだようになって十兵衛、どんつく布子の袖組み合わせ、腕|拱《こまぬ》きつつうかうか歩き、お上人様のああおっしゃったはどちらか一方おとなしく譲れと諭《さと》しの謎々《なぞなぞ》とは、何ほど愚鈍《おろか》な我《おれ》にも知れたが、ああ譲りたくないものじゃ、せっかく丹誠に丹誠凝らして、定めし冷えて寒かろうにお寝《やす》みなされと親切でしてくるる女房《かか》の世話までを、黙っていよよけいなと叱り飛ばして夜の眼も合わさず、工夫に工夫を積み重ね、今度という今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨みはないとまで思い込んだに、悲しや上人様の今日のお諭《さと》し、道理には違いないそうもなければならぬことじゃが、これを譲っていつまた五重塔の建つという的《あて》のあるではなし、一生とてもこの十兵衛は世に出ることのならぬ身か、ああ情ない恨めしい、天道
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