作りにありながら、一本ごとにそれさえもわなわな顫《ふる》えて一心にただ上人の一言を一期の大事と待つ笑止さ。
 源太も黙して言葉なく耳を澄まして命を待つ、どちらをどちらと判《わ》けかぬる、二人の情《こころ》を汲みて知る上人もまたなかなかに口を開かん便宜《よすが》なく、しばしは静まりかえられしが、源太十兵衛ともに聞け、今度建つべき五重塔はただ一ツにて建てんというは汝《そなた》たち二人、二人の願いを双方とも聞き届けてはやりたけれど、それはもとよりかないがたく、一人に任さば一人の歎き、誰に定めて命《いいつ》けんという標準《きめどころ》のあるではなし、役僧用人らの分別にも及ばねば老僧《わし》が分別にも及ばぬほどに、この分別は汝たちの相談に任す、老僧は関《かま》わぬ、汝たちの相談の纏《まと》まりたる通り取り上げてやるべければ、よく家に帰って相談して来よ、老僧が云うべきことはこれぎりじゃによってそう心得て帰るがよいぞ、さあしかと云い渡したぞ、もはや帰ってもよい、しかし今日は老僧も閑暇《ひま》で退屈なれば茶話しの相手になってしばらくいてくれ、浮世の噂なんど老衲《わし》に聞かせてくれぬか、その代り老僧も古い話しのおかしなを二ツ三ツ昨日見出したを話して聞かそう、と笑顔やさしく、朋友《ともだち》かなんぞのように二人をあしろうて、さて何事を云い出さるるやら。

     其九

 小僧《こぼうず》がもって来し茶を上人みずから汲みたまいてすすめらるれば、二人とももったいながりて恐れ入りながら頂戴するを、そう遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬわ、さあ菓子も挾《はさ》んではやらぬから勝手に摘《つま》んでくれ、と高坏《たかつき》推しやりてみずからも天目取り上げ喉《のど》を湿《うるお》したまい、面白い話というも桑門《よすてびと》の老僧《わし》らにはそうたくさんないものながら、このごろ読んだお経の中《うち》につくづくなるほどと感心したことのある、聞いてくれこういう話しじゃ、むかしある国の長者が二人の子を引きつれてうららかな天気の節《おり》に、香《かお》りのする花の咲き軟らかな草の滋《しげ》って居る広野《ひろの》を愉快《たのし》げに遊行《ゆぎょう》したところ、水は大分に夏の初めゆえ涸《か》れたれどなお清らかに流れて岸を洗うて居る大きな川に出で逢うた、その川の中には珠のような小磧《こいし》やら銀
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