聴いた噂では十兵衛も耳朶《みみたぶ》の一ツや半分|斫《き》り奪《と》られても恨まれぬはず、随分清吉の軽躁行為《おっちょこちょい》もちょいとおかしないい洒落か知れぬ、ハハハ、しかし憫然《かわいそ》に我の拳固を大分|食《くら》ってうんうん苦しがって居るばかりか、十兵衛を殺した後はどう始末が着くと我に云われてようやく悟ったかして、ああ悪かった、逸《はや》り過ぎた間違ったことをした、親方に頭を下げさするようなことをしたかああ済まないと、自分の身体《みうち》の痛いのより後悔にぼろぼろ涙をこぼしている愍然《ふびん》さは、なんと可愛い奴ではないか、のうお吉、源太は酷《むご》く清吉を叱って叱って十兵衛がとこへ謝罪《あやまり》に行けとまで云うか知らぬが、それは表向きの義理なりゃ是非はないが、ここは汝《おまえ》の儲《もう》け役、あいつをどうか、なあそれ、よしか、そこは源太を抱き寝するほどのお吉様にわからぬことはない寸法か、アハハハハ、源太がいないで話も要《い》らぬ、どれ帰ろうかい御馳走は預けておこう、用があったらいつでもおいで、とぼつぼつ語って帰りし後、思えば済まぬことばかり。女の浅き心から分別もなく清吉に毒づきしが、逸りきったる若き男の間違いし出して可憫《あわれ》や清吉は自己《おのれ》の世を狭《せば》め、わが身は大切《だいじ》の所天《おっと》をまで憎うてならぬのっそりに謝罪らするようなり行きしは、時の拍子の出来事ながらつまりはわが口より出し過失《あやまち》、兎せん角せん何とすべきと、火鉢の縁《ふち》に凭《もた》する肘《ひじ》のついがっくりと滑《すべ》るまで、我を忘れて思案に思案凝らせしが、思い定めて、おおそうじゃと、立って箪笥《たんす》の大抽匣《おおひきだし》、明けて麝香《じゃこう》の気《か》とともに投げ出し取り出すたしなみの、帯はそもそも此家《ここ》へ来し嬉し恥かし恐ろしのその時締めし、ええそれよ。ねだって買ってもろうたる博多に繻子《しゅす》に未練もなし、三枚重ねに忍ばるる往時《むかし》は罪のない夢なり、今は苦労の山繭縞《やままゆじま》、ひらりと飛ばす飛八丈《とびはちじょう》このごろ好みし毛万筋、千筋《ちすじ》百筋《ももすじ》気は乱るとも夫おもうはただ一筋、ただ一筋の唐七糸帯《からしゅっちん》は、お屋敷奉公せし叔母が紀念《かたみ》と大切《だいじ》に秘蔵《ひめ》たれど何か厭《いと》わ
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