ふ傍にて女房が気もわくせき、親方様の御異見に何故まあ早く付かれぬ、と責むるが如く恨みわび、言葉そゞろに勧むれば十兵衞つひに絶体絶命、下げたる頭を徐《しづか》に上げ円《つぶら》の眼を剥き出して、一ツの仕事を二人でするは、よしや十兵衞心になつても副になつても、厭なりや何しても出来ませぬ、親方一人で御建なされ、私は馬鹿で終りまする、と皆まで云はせず源太は怒つて、これほど事を分けて云ふ我の親切《なさけ》を無にしても歟。唯《はい》、ありがたうはござりまするが、虚言《うそ》は申せず、厭なりや出来ませぬ。汝《おのれ》よく云つた、源太の言葉にどうでもつかぬ歟。是非ないことでござります。やあ覚えて居よ此のつそりめ、他《ひと》の情の分らぬ奴、其様の事云へた義理か、よし/\汝《おのれ》に口は利かぬ、一生|溝《どぶ》でもいぢつて暮せ、五重塔は気の毒ながら汝に指もさゝせまい、源太一人で立派に建てる、成らば手柄に批点《てん》でも打て。

       其十六

 ゑい、ありがたうござります、滅法界に酔ひました、もう飲《いけ》やせぬ、と空辞誼《そらじぎ》は五月蠅ほど仕ながら、猪口もつ手を後へは退かぬが可笑き上戸の常
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