ないか清吉、汝《そなた》は此頃仲町の甲州屋様の御本宅の仕事が済むと直に根岸の御別荘の御茶席の方へ廻らせられて居るではないか、良人《うち》のも遊ぶは随分好で汝達の先に立つて騒ぐは毎※[#二の字点、1−2−22]なれど、職業《しごと》を粗略《おろそか》にするは大の嫌ひ、今若し汝の顔でも見たらば又例の青筋を立つるに定つて居るを知らぬでもあるまいに、さあ少し遅くはなつたれど母親《おふくろ》の持病が起つたとか何とか方便は幾干でもつくべし、早う根岸へ行くがよい、五三《ごさ》様も了《わか》つた人なれば一日をふてゝ怠惰《なまけ》ぬに免じて、見透かしても旦那の前は庇護《かば》ふて呉るゝであらう、おゝ朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳を其方へこしらへよ、湯豆腐に蛤鍋《はまなべ》とは行かぬが新漬に煮豆でも構はぬはのう、二三杯かつこんで直と仕事に走りやれ走りやれ、ホヽ睡くても昨夜をおもへば堪忍《がまん》の成らうに精を惜むな辛防せよ、よいは弁当も松に持たせて遣るは、と苦くはなけれど効験《きゝめ》ある薬の行きとゞいた意見に、汗を出して身の不始末を慚《は》づる正直者の清吉。
 姉御、では御厄介になつて直に仕
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