様、大工は出来ます、大隅流《おほすみりう》は童児《こども》の時から、後藤立川二ツの流義も合点致して居りまする、為《さ》せて、五重塔の仕事を私に為せていたゞきたい、それで参上《まゐり》ました、川越の源太様が積りをしたとは五六日前聞きました、それから私は寐ませぬは、御上人様、五重塔は百年に一度一生に一度建つものではござりませぬ、恩を受けて居ります源太様の仕事を奪《と》りたくはおもひませぬが、あゝ賢い人は羨ましい、一生一度百年一度の好い仕事を源太様は為るゝ、死んでも立派に名を残さるゝ、あゝ羨ましい羨ましい、大工となつて生てゐる生甲斐もあらるゝといふもの、それに引代へ此十兵衞は、鑿《のみ》手斧《てうな》もつては源太様にだとて誰にだとて、打つ墨縄の曲ることはあれ万が一にも後れを取るやうな事は必ず/\無いと思へど、年が年中長屋の羽目板《はめ》の繕ひやら馬小屋箱溝の数仕事、天道様が智慧といふものを我《おれ》には賜《くだ》さらない故仕方が無いと諦めて諦めても、拙《まづ》い奴等が宮を作り堂を受負ひ、見るものの眼から見れば建てさせた人が気の毒なほどのものを築造《こしら》へたを見るたびごとに、内※[#二の字点、1−2−22]自分の不運を泣きますは、御上人様、時※[#二の字点、1−2−22]は口惜くて技倆《うで》もない癖に智慧ばかり達者な奴が憎くもなりまするは、御上人様、源太様は羨ましい、智慧も達者なれば手腕《うで》も達者、あゝ羨ましい仕事をなさるか、我《おれ》はよ、源太様はよ、情無い此我はよと、羨ましいがつひ高《かう》じて女房《かゝ》にも口きかず泣きながら寐ました其夜の事、五重塔を汝《きさま》作れ今直つくれと怖しい人に吩咐《いひつ》けられ、狼狽《うろたへ》て飛び起きさまに道具箱へ手を突込んだは半分夢で半分|現《うつゝ》、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿《つばのみ》につつかけて怪我をしながら道具箱につかまつて、何時の間にか夜具の中から出て居た詰らなさ、行燈《あんどん》の前につくねんと坐つて嗚呼情無い、詰らないと思ひました時の其心持、御上人様、解りまするか、ゑゝ、解りまするか、これだけが誰にでも分つて呉れゝば塔も建てなくてもよいのです、どうせ馬鹿なのつそり[#「のつそり」に傍点]十兵衞は死んでもよいのでござりまする、腰抜|鋸《のこ》のやうに生て居たくもないのですは、其夜《それ》からといふ
前へ
次へ
全67ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング