二百銅を分に応じて寄進せしにぞ、百川《ひやくせん》海に入るごとく瞬く間《ひま》に金銭の驚かるゝほど集りけるが、それより世才に長《た》けたるものの世話人となり用人なり、万事万端執り行ふて頓《やが》て立派に成就しけるとは、聞いてさへ小気味のよき話なり。
 然るに悉皆《しつかい》成就の暁、用人頭の爲右衞門普請諸入用諸雑費一切しめくゝり、手脱《てぬか》る事なく決算したるに尚大金の剰《あま》れるあり。此をば如何になすべきと役僧の圓道もろとも、髪ある頭に髪無き頭突き合はせて相談したれど別に殊勝なる分別も出でず、田地を買はんか畠買はんか、田も畠も余るほど寄附のあれば今更また此浄財を其様な事に費すにも及ばじと思案にあまして、面倒なり好《よき》に計らへと皺枯れたる御声にて云ひたまはんは知れてあれど、恐る/\圓道或時、思さるゝ用途《みち》もやと伺ひしに、塔を建てよと唯一言云はれし限《ぎ》り振り向きも為たまはず、鼈甲縁の大きなる眼鏡の中より微なる眼の光りを放たれて、何の経やら論やらを黙※[#二の字点、1−2−22]と読み続けられけるが、いよ/\塔の建つに定つて例の源太に、積り書出せと圓道が命令《いひつ》けしを、知つてか知らずに歟《か》上人様に御目通り願ひたしと、のつそりが来しは今より二月程前なりし。

       其五

 紺とはいへど汗に褪め風に化《かは》りて異な色になりし上、幾度か洗ひ濯《すゝ》がれたるため其としも見えず、襟の記印《しるし》の字さへ朧気となりし絆纏を着て、補綴《つぎ》のあたりし古股引を穿きたる男の、髪は塵埃《ほこり》に塗《まみ》れて白け、面は日に焼けて品格《ひん》なき風采《やうす》の猶更品格なきが、うろ/\のそ/\と感応寺の大門を入りにかゝるを、門番尖り声で何者ぞと怪み誰何《たゞ》せば、吃驚して暫時《しばらく》眼を見張り、漸く腰を屈めて馬鹿丁寧に、大工の十兵衞と申しまする、御普請につきまして御願に出ました、とおづ/\云ふ風態《そぶり》の何となく腑には落ちねど、大工とあるに多方源太が弟子かなんぞの使ひに来りしものならむと推察《すゐ》して、通れと一言|押柄《あふへい》に許しける。
 十兵衞これに力を得て、四方《あたり》を見廻はしながら森厳《かう/″\》しき玄関前にさしかゝり、御頼申《おたのまを》すと二三度いへば鼠衣の青黛頭《せいたいあたま》、可愛らしき小坊主の、応《おゝ
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