2]の、彼に気づかひ此に案ずる笑止の様を見ては喜び、居所さへも無くされて悲むものを見ては喜び、いよ/\図に乗り狼藉のあらむ限りを逞しうすれば、八百八町百万の人みな生ける心地せず顔色さらにあらばこそ。
 中にも分けて驚きしは圓道爲右衞門、折角僅に出来上りし五重塔は揉まれ揉まれて九輪は動ぎ、頂上の宝珠は空に得読めぬ字を書き、岩をも転ばすべき風の突掛け来り、楯をも貫くべき雨の打付《ぶつか》り来る度撓む姿、木の軋る音、復《もど》る姿《さま》、又撓む姿、軋る音、今にも傾覆《くつがへ》らんず様子に、あれ/\危し仕様は無きか、傾覆られては大事なり、止むる術も無き事か、雨さへ加はり来りし上周囲に樹木もあらざれば、未曾有の風に基礎《どだい》狭くて丈のみ高き此塔の堪《こら》へむことの覚束なし、本堂さへも此程に動けば塔は如何ばかりぞ、風を止むる呪文はきかぬか、かく恐ろしき大暴風雨に見舞に来べき源太は見えぬ歟、まだ新しき出入なりとて重※[#二の字点、1−2−22]来では叶はざる十兵衞見えぬか寛怠なり、他《ひと》さへ斯様《かほど》気づかふに己が為《せ》し塔気にかけぬか、あれ/\危し又撓むだは、誰か十兵衞招びに行け、といへども天に瓦飛び板飛び、地上に砂利の舞ふ中を行かむといふものなく、漸く賞美の金に飽かして掃除人の七藏爺を出しやりぬ。

       其三十三

 耄碌頭巾に首をつゝみて其上に雨を凌がむ準備《ようい》の竹の皮笠引被り、鳶子《とんび》合羽に胴締して手ごろの杖持ち、恐怖《こは/″\》ながら烈風強雨の中を駈け抜けたる七藏|爺《おやぢ》、やうやく十兵衞が家にいたれば、これはまた酷い事、屋根半分は既《もう》疾《とう》に風に奪られて見るさへ気の毒な親子三人の有様、隅の方にかたまり合ふて天井より落ち来る点滴《しづく》の飛沫《しぶき》を古筵《ふるござ》で僅に避《よ》け居る始末に、扨ものつそりは気に働らきの無い男と呆れ果つゝ、これ棟梁殿、此|暴風雨《あらし》に左様して居られては済むまい、瓦が飛ぶ樹が折れる、戸外《おもて》は全然《まるで》戦争のやうな騒ぎの中に、汝の建てられた彼塔は如何あらうと思はるゝ、丈は高し周囲に物は無し基礎《どだい》は狭し、何《ど》の方角から吹く風をも正面《まとも》に受けて揺れるは揺れるは、旗竿ほどに撓むではきち/\と材《き》の軋る音の物凄さ、今にも倒れるか壊れるかと、圓道様
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