輪を咬んで一盞《いつさん》を呷る[#「呷る」は底本では「呻る」と誤植]と、苦い、苦い、それでも清香歯牙に浸み腸胃に透つて、味外の味に淡い悦びを覚える。
 菊の名はいろ/\むづかしいのがあるが、無くもがなと嵐雪に喝破された二百年余のむかしから、今にいろ/\と猶更むづかしいのが出来る。そして古い名は果して其実を詮してゐるか何様か分らなくなつて終ふ。たべる菊、薬用の菊としては「ぬれ鷺」といふ菊が、徳川期の名で、良いものとして伝へられてゐる。所以《ゆえん》なくしてぬれ鷺の名が伝へられてゐるのではあるまいから、何様かしてそれを得て見たいと思つたのも久しいことであるが、ほんとのそれらしいのには遇はずじまひになりさうだ。薬用になるといふのは必ず菊なら菊の其本性の気味を把握してゐることが強いからのことであらう。進歩は進歩だらうが、ダリヤのやうになつた菊よりは、本性の気味を強く把握してゐるものを得て見たい。そんなら野菊や山路菊や竜脳菊で足りるだらうと云はれゝばそれも然様《さよう》である、富士菊や戸隠菊を賞してそれで足りる、それも然様である。
(昭和七年十一月)[#地付き]



底本:「花の名随筆10 十月の花」作品社
   1999(平成11)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「露伴全集 第三十巻」岩波書店
   1954(昭和29)年7月初版発行
入力:門田裕志
校正:LM3
2001年12月26日公開
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