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いわしぐも
鰯雲といふは、鰯などの群るゝ如く点々|相連《あひつらな》りて空に瀰るものを云ふなり。晴れたる日の夕暮など多く見ゆるなるが、雨気を含むものにや。さては水まさ雲と同じかるべし。「芝浦の漁人も網を打忘れ月には厭ふいわし雲かな」といへる狂歌、天明頃の人の咏にあり。青き空の半ほど此雲白くつらなりて瀰《わた》れる、風情ありて美はし。童児などは、此雲を指さして、鰯の取るゝ兆なりといふもまたをかし。
とよはた雲
とよはた雲とは、しかと雲の名にはあらぬなるべし。信實の歌にては、夕立する頃の例のいかめしき雲を云へるが如く、後鳥羽院の御歌にては、たゞ美しき夕の雲をさし玉へるが如し。「わだつみのとよはた雲に入日さしこよひの月夜あきらけくこそ」といへる天智天皇の御歌に見えたるがはじめなるに、御歌にては、旗の形なせるやうの夕の雲を云ひたまへるのみなり。雲の旗の如く見ゆることは多し、旗雲といふ語は今無きやうなり。
ほそまひ雲
布を引きたるやうに白くおだやかに空にわたる雲あり。大抵此雲見ゆる時は、空青く澄みて色美しく凪ぎわたりたるに、刷毛にてひきた
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