》の仙《せん》を索《もと》めて遍歴せる、密旨を啣《ふく》むところあるが如し。而《しこう》して又鄭は実に威を海外に示さんとし、胡《こ》は実に異を幽境に詢《と》えるや論無し。善《よ》く射る者は雁影《がんえい》を重ならしめて而して射、善《よ》く謀《はか》る者は機会を復ならしめて而して謀る。一|箭《せん》二|雁《がん》を獲《え》ずと雖《いえど》も、一雁を失わず、一計双功を収めずと雖も、一功を得る有り。永楽帝の智《ち》、豈《あに》敢《あえ》て建文を索《もと》むるを名として使《つかい》を発するを為《な》さんや。況《いわ》んや又鄭和は宦官《かんがん》にして、胡※[#「さんずい+「勞」の「力」に代えて「火」」、UCS−6FD9、400−8]《こえい》と偕《とも》にせるの朱祥《しゅしょう》も内侍《ないし》たるをや。秘意察す可きあるなり。


 鄭和《ていか》は王景弘《おうけいこう》等《ら》と共に出《いで》て使《つかい》しぬ。和の出《い》づるや、帝、袁柳荘《えんりゅうそう》の子の袁忠徹《えんちゅうてつ》をして相《そう》せしむ、忠徹|曰《いわ》く可なりと。和の率いる所の将卒二万七千八百余人、舶《ふね》長さ四
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