し、天下何事か為す可《べ》からざらんや、と奮然として瓜を地に擲《なげう》てば、護衛の軍士皆激怒して、前《すす》んで※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]と貴とを擒《とら》え、かねて朝廷に内通せる葛誠《かつせい》盧振《ろしん》等《ら》を殿下に取って押《おさ》えたり。王こゝに於《おい》て杖を投じて起《た》って曰く、我何ぞ病まん、奸臣《かんしん》に迫らるゝ耳《のみ》、とて遂に※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴等を斬《き》る。※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴等の将士、二人が時を移して還《かえ》らざるを見、始《はじめ》は疑い、後《のち》は覚《さと》りて、各《おのおの》散じ去る。王城を囲める者も、首脳|已《すで》に無くなりて、手足《しゅそく》力無く、其兵おのずから潰《つい》えたり。張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《ちょうへい》が部下|北平都指揮《ほくへいとしき》の彭二《ほうじ》、憤慨|已《や》む能《あた》わず、馬を躍らして大《おおい》に市中に呼《よば》わって曰く、燕王反せり、我に従って朝廷の為に力を尽すものは賞あらんと。兵千余人を得て端礼門《たんれいもん》に殺到す。燕王の勇卒|※[#「广+龍」、第3水準1−94−86]来興《ほうらいこう》、丁勝《ていしょう》の二人、彭二を殺しければ、其兵も亦《また》散じぬ。此《この》勢《いきおい》に乗ぜよやと、張玉、朱能等、いずれも塞北《さいほく》に転戦して元兵《げんぺい》と相《あい》馳駆《ちく》し、千軍万馬の間に老い来《きた》れる者なれば、兵を率いて夜に乗じて突いて出で、黎明《れいめい》に至るまでに九つの門の其八を奪い、たゞ一つ下らざりし西直門《せいちょくもん》をも、好言を以て守者を散ぜしめぬ。北平既に全く燕王の手に落ちしかば、都指揮使の余※[#「王+眞」、第4水準2−80−87]《よてん》は、走って居庸関《きょようかん》を守り、馬宣《ばせん》は東して薊州《けいしゅう》に走り、宋忠《そうちゅう》は開平《かいへい》より兵三万を率いて居庸関に至りしが、敢《あえ》て進まずして、退いて懐来《かいらい》を保ちたり。
 煙は旺《さか》んにして火は遂に熾《も》えたり、剣《けん》は抜かれて血は既に流されたり。燕王は堂々として旗を進め馬を出しぬ。天子の正朔《せいさく》を奉ぜず、敢《あえ》て建文の年号を去って、洪武三十二年と
前へ 次へ
全116ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング