て之を降《くだ》す。高煦|乃《すなわ》ち廃せられて庶人《しょじん》となる。後|鎖※[#「執/糸」、UCS−7E36、416−8]《さしつ》されて逍遙城《しょうようじょう》に内《い》れらるゝや、一日《いちじつ》帝の之を熟視するにあう。高煦急に立って帝の不意に出《い》で、一足《いっそく》を伸《のば》して帝を勾《こう》し地に※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《ばい》せしむ。帝|大《おおい》に怒って力士に命じ、大銅缸《だいどうこう》を以《もっ》て之を覆《おお》わしむ。高煦|多力《たりき》なりければ、缸《こう》の重き三百|斤《きん》なりしも、項《うなじ》に缸《こう》を負いて起《た》つ。帝炭を缸上に積むこと山の如くならしめて之を燃《もや》す。高煦生きながらに焦熱地獄に堕《だ》し、高煦の諸子皆死を賜う。燕王範を垂れて反を敢《あえ》てし、身|幸《さいわい》にして志を得たりと雖も、終《つい》に域外の楡木川《ゆぼくせん》に死し、愛子高煦は焦熱地獄に堕《お》つ。如是果《にょぜか》、如是報《にょぜほう》、悲《かなし》む可《べ》く悼《いた》む可く、驚く可く嘆ずべし。
 二年冬、建文帝|永慶寺《えいけいじ》に宿《しゅく》して詩を題して曰く、

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杖錫《じょうしゃく》 来《きた》り遊びて 歳月深し、
山雲 水月 閑吟に傍《そ》ふ。
塵心《じんしん》 消尽《しょうじん》して 些子《さし》も無し、
受けず 人間の物色の侵すを。
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 これより帝|優游自適《ゆうゆうじてき》、居然として一頭陀《いちずだ》なり。九年|史彬《しひん》死し、程済《ていせい》猶《なお》従う。帝詩を善《よ》くしたもう。嘗《かつ》て賦《ふ》したまえる詩の一に曰く、

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牢落《ろうらく》 西南 四十秋、
蕭々《しょうしょう》たる白髪 已《すで》に頭《こうべ》に盈《み》つ。
乾坤《けんこん》 恨《うらみ》あり 家いづくにか在《あ》る。
江漢 情《じょう》無し 水おのづから流る。
長楽 宮中《きゅうちゅう》 雲気散じ、
朝元《ちょうげん》 閣上 雨声収まる。
新蒲《しんぽ》 細柳《さいりゅう》 年々緑に、
野老《やろう》 声を呑《の》んで 哭《こく》して未《いま》だ休《や》まず。
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 又|嘗《かつ》て貴州《きしゅう》金竺《き
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