う》を披《ひら》く。殿《でん》に在りしもの凡《およ》そ五六十人、痛哭《つうこく》して地に倒れ、倶《とも》に矢《ちか》って随《したが》いまつらんともうす。帝、人多ければ得失を生ずる無きを得ず、とて麾《さしまね》いて去らしめたもう。御史《ぎょし》曾鳳韶《そうほうしょう》、願わくは死を以て陛下に報いまつらん、と云いて退きつ、後《のち》果して燕王の召《めし》に応《おう》ぜずして自殺しぬ。諸臣|大《おおい》に慟《なげ》きて漸《ようや》くに去り、帝は鬼門に至らせたもう。従う者実に九人なり。至れば一舟《いっしゅう》の岸に在《あ》るあり。誰《たれ》ぞと見るに神楽観《しんがくかん》の道士|王昇《おうしょう》にして、帝を見て叩頭《こうとう》して万歳を称《とな》え、嗚呼《ああ》、来《きた》らせたまえるよ、臣昨夜の夢に高《こう》皇帝の命を蒙《こうむ》りて、此《ここ》にまいり居《い》たり、と申す。乃《すなわ》ち舟に乗じて太平門《たいへいもん》に至りたもう。昇《しょう》導きまいらせて観《かん》に至れば、恰《あたか》も已《すで》に薄暮なりけり。陸路よりして楊応能《ようおうのう》、葉希賢《しょうきけん》等《ら》十三人同じく至る。合《ごう》二十二人、兵部侍郎《へいぶじろう》廖平《りょうへい》、刑部侍郎《けいぶじろう》金焦《きんしょう》、編修《へんしゅう》趙天泰《ちょうてんたい》、検討《けんとう》程亨《ていこう》、按察使《あんさつし》王良《おうりょう》、参政《さんせい》蔡運《さいうん》、刑部郎中《けいぶろうちゅう》梁田玉《りょうでんぎょく》、中書舎人《ちゅうしょしゃじん》梁良玉《りょうりょうぎょく》、梁中節《りょうちゅうせつ》、宋和《そうか》、郭節《かくせつ》、刑部司務《けいぶしむ》馮※[#「さんずい+寉」、405−12]《ひょうかく》、鎮撫《ちんぶ》牛景先《ぎゅうけいせん》、王資《おうし》、劉仲《りゅうちゅう》、翰林侍詔《かんりんじしょう》鄭洽《ていこう》、欽天監正《きんてんかんせい》王之臣《おうししん》、太監《たいかん》周恕《しゅうじょ》、徐王府賓輔《じょおうふひんほ》史彬《しひん》と、楊応能《ようおうのう》、葉希賢《しょうきけん》、程済《ていせい》となり。帝、今後はたゞ師弟を以《もっ》て称し、必ずしも主臣の礼に拘《かかわ》らざるべしと宣《のたま》う。諸臣泣いて諾す。廖平こゝに於《おい》て人々に謂
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