将これを危《あやぶ》みて言《ものい》えども、王|聴《き》かず。次《つ》いで蕭県《しょうけん》を略し、淮河《わいか》の守兵を破る。四月平安|小河《しょうか》に営し、燕兵|河北《かほく》に拠《よ》る。総兵《そうへい》何福《かふく》奮撃して、燕将|陳文《ちんぶん》を斬《き》り、平安勇戦して燕将|王真《おうしん》を囲む。真《しん》身に十余|創《そう》を被《こうむ》り、自ら馬上に刎《くびは》ぬ。安《あん》いよいよ逼《せま》りて、燕王に北坂《ほくはん》に遇《あ》う。安の槊《ほこ》ほとんど王に及ぶ。燕の番騎指揮《ばんきしき》王騏《おうき》、馬を躍らせて突入し、王わずかに脱するを得たり。燕将|張武《ちょうぶ》悪戦して敵を却《しりぞ》くと雖《いえど》も、燕軍遂に克《か》たず。是《ここ》に於て南軍は橋南《きょうなん》に駐《とど》まり、北軍は橋北に駐まり、相《あい》持《じ》するもの数日、南軍|糧《かて》尽きて、蕪《ぶ》を採って食う。燕王曰く、南軍|飢《う》えたり、更に一二日にして糧《かて》やゝ集まらば破り易からずと。乃《すなわ》ち兵千余を留《とど》めて橋を守らしめ、潜《ひそか》に軍を移し、夜半に兵を渡らしめて繞《めぐ》って敵の後《うしろ》に出づ。時に徐輝祖《じょきそ》の軍至る。甲戌《こうじゅつ》大《おおい》に斉眉山《せいびざん》に戦う。午《うま》より酉《とり》に至りて、勝負《しょうはい》相《あい》当《あた》り、燕の驍将《ぎょうしょう》李斌《りひん》死す。燕|復《また》遂に克《か》つ能《あた》わず。南軍|再捷《さいしょう》して振《ふる》い、燕は陳文《ちんぶん》、王真《おうしん》、韓貴《かんき》、李斌等を失い、諸将皆|懼《おそ》る。燕王に説いて曰く、軍深く入りたり、暑雨連綿として、淮土《わいど》湿蒸に、疾疫《しつえき》漸《ようや》く冒さんとす。小河の東は、平野にして牛羊多く、二|麦《ばく》まさに熟せんとす。河を渡り地を択《えら》み、士馬を休息せしめ、隙《げき》を観《み》て動くべきなりと。燕王曰く、兵の事は進《しん》ありて退《たい》無し。勝形成りて而して復《また》北に渡らば、将士解体せざらんや、公等の見る所は、拘攣《こうれん》するのみと。乃《すなわ》ち令を下して曰く、北せんとする者は左せよ、北せざらんとする者は右せよと。諸将多く左に趨《はし》る。王|大《おおい》に怒って曰く、公等みずから之を為
前へ 次へ
全116ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング