め、東を実せんと欲すれば先づ西を撃つ。路虚しくして眼無ければ、則ち先づ※[#「※」は「虍」の下に「祖のつくり(ただし、最終画は右上にはねる)」+「見」、第4水準2−88−41、読みは「うかが」110−7]ひ、他棋に害無ければ則ち劫を做す。路|饒《おほ》ければ則ち疏すべく、路を受くれば則ち戦ふ勿れ。地を択んで而して侵し、碍無ければ則ち進む。此皆棋家の幽微、知らざる可からざる也。
○奕は数※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、110−9]するを欲せず、数※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、110−9]すれば則ち怠る、怠れば則ち精ならず。奕は疎なるを欲せず、疎なれば則ち忘る、忘るれば則ち失多し。
 数※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、110−11]するとは対局すること繁多なる也。疎なるとは対局すること無くして歳月を経る也。
○勝つて言はず、敗れて語らず、謙譲を崇ぶ者は君子也、怨怒を起す者は小人也。高き者も亢ぶる勿れ、卑き者も怯なる勿れ。気和して而して意舒ぶる者は、其の将に勝たんとするを喜ぶ也。心動いて而して色変ずる者は、其の将に敗れんとするを憂ふる也。赧は易ふるより赧なるは莫く、恥は盗より恥なるは莫し。妙は鬆を用ゐるより妙なるは莫く、昏は劫を覆すより昏なるは莫し。

    二 奕旨  後漢  班 固

○北方の人、碁を謂つて奕と為す。之を弘め之を説いて、大略を挙げん。
 此数句一篇の文字の序分なり。班固は支那有数の史家にして、卓絶せる文人也。
○局必ず方正なるは、地則に象どる也。道必ず正直なるは、明徳を神にする也。
 局は碁盤なり。古は地を以て方となせり、故に地則に象どるといふ。道は碁盤上の線道なり、明徳は即ち正直也。
○棊に白黒有るは、陰陽分る也。駢羅列布するは天文に効《なら》ふ也。
 棊は碁に同じ、棊は即ち棊子にして、本来一字にて足る也。白は陽、黒は陰也。駢羅列布は白黒の棊子の散布せるさまをいふ。これを天上星辰の羅列に比して言ふ也。
○四象既に陳す、之を行ふは人に在り。蓋し王政也。
 四象は地則、明徳、陰陽、天文なり。碁の事既に陳在すれば、之を行ふは人に在り。其の行ふところは蓋し王政なり、覇道の騙詐暴力を主とするにあらずの意。
○或は虚しく設け予め置き、以て自から衛護す。蓋し庖犠網罟の制に象どる。
 庖犠は伏羲氏なり、網罟を創めたるの人。此段に至りて始めて碁の情を言ふ。虚設予置、以自衛護の八字、下し得て甚だ妙なり。碁の頭初の布局まことに網罟に似たり。
○※[#「※」は「こざとへん+是」、第3水準1−93−60、読みは「てい」、111−15]防周起し、障塞漏決す。夏后治水の勢に似たるなり。
 夏后は禹、洪水を治めたるの人。※[#「※」は「こざとへん+是」、第3水準1−93−60、111−16]防周起は※[#「※」は「虫」+「匚」の中に、「日」の下に「女」、第4水準2−87−63、読みは「えん」、111−16]蜒として勢を成すの状。障塞は己を衛るを云ひ、漏決は患を去るを云ふ。
○一孔|閼《とゞ》むる有るも、壊頽振はず。瓠子汎濫の敗に似たる有り。
 閼は遏に通ず。一孔を遏むるも、敵勢洪大なれば、壊頽して救ふ可からず、大勢を如何ともする能はざるを言ふ。瓠子は即ち瓠子口にして、黄河の水を塞ぐの処、濮陽県の南に在り。漢武帝の時、黄河大に漲り、瓠子を決して、鉅野に注ぎ、淮泗に通じたることあり。我が陣将に敗れんとして、其命縷の如き時、死戦して緊防すれども、敵軍浩※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、112−5]蕩※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、112−5]たるに当つて終に敗るの状、真に此句の如きことあるなり。
○伏を作し詐を設け、囲を突いて横行す。田単の奇。
 兵を伏せて敵を誘ひ、奇を以て勝を制し、重囲を突破して、千里に横行する、痛快無比の状を叙せり。田単は斉の名将。重囲に陥りて屈せず、火牛の謀を以て燕の大軍を破り、日あらずして七十余城を回復せる也。
○厄を要して相《あひ》※[#「※」は「去+りっとう」、112−11]《おびや》かし、地を割かしめて賞を取る。蘇張の姿。
 厄は急厄なり、死生の分るゝ処即ち厄也。厄を要して※[#「※」は「去+りっとう」、112−12]かせば、敵其の死せざらんことを欲して、地を割くを辞せず、是相闘はずして能く奪ふもの也。蘇張は蘇秦張儀、皆兵馬を動かさず、弁舌を以て功を成せるもの。
○参分|勝《まさ》る有つて、而して誅せず。周文の徳。
 参分勝る有るは天下を三分して其二を保有するを言ふ。周の文王、既に天下の実権を有して、而して敢て紂王を誅せず、益※[#「※」は二の字点(踊り字)、面区点番号1−2−22、11
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