ると、はい、時代違いで、何の気もねえ若い徒《てやい》も、さてこの働きに掛《かか》ってみれば、記念碑糸塚の因縁さ、よく聞いて知ってるもんだで。
 ほれ、のろのろとこっちさ寄って来るだ。あの、さきへ立って、丸太棒をついた、その手拭《てぬぐい》をだらりと首へかけた、逞《たくまし》い男でがす。奴が、女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]の幽霊でねえか。出たッと、また髯《ひげ》どのが叫ぶと、蜻蛉がひらりと動くと、かっと二つ、灸《きゅう》のような炎が立つ。冷い火を汗に浴びると、うら山おろしの風さ真黒《まっくろ》に、どっと来た、煙の中を、目が眩《くら》んで遁《に》げたでござえますでの。………
 それでがすもの、ご新姐、お客様。」
「それじゃ、私たち差出た事は、叱言《こごと》なしに済むんだね。」
「ほってもねえ、いい人扶《ひとだす》けして下せえましたよ。時に、はい、和尚様帰って、逢わっせえても、万々沙汰なしに頼みますだ。」
 そこへ、丸太棒が、のっそり来た。
「おじい、もういいか、大丈夫かよ。」
「うむ、見せえ、大智識さ五十年の香染《こうぞめ》の袈裟《けさ》より利益があっての、その、嫁菜の縮緬《ちりめん》の裡《なか》で、幽霊はもう消滅だ。」
「幽霊も大袈裟だがよ、悪く、蜻蛉に祟《たた》られると、瘧《おこり》を病むというから可恐《おっかね》えです。縄をかけたら、また祟って出やしねえかな。」
 と不精髯の布子が、ぶつぶついった。
「そういう口で、何で包むもの持って来ねえ。糸塚さ、女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]様、素《す》で括《くく》ったお祟りだ、これ、敷松葉の数寄屋《すきや》の庭の牡丹に雪囲いをすると思えさ。」
「よし、おれが行く。」
 と、冬の麦稈帽《むぎわらぼう》が出ようとする。
「ああ、ちょっと。」
 袖を開いて、お米が留めて、
「そのまま、その上からお結《いわ》えなさいな。」
 不精髯が――どこか昔の提灯屋に似ていたが、
「このままでかね、勿体《もってい》至極もねえ。」
「かまいませんわ。」
「構わねえたって、これ、縛るとなると。」
「うつくしいお方が、見てる前で、むざとなあ。」
 麦藁《むぎわら》と、不精髯が目を見合って、半ば呟《つぶや》くがごとくにいう。
「いいんですよ、構いませんから。」
 この時、丸太棒が鉄のように見え
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