さんが、そんな姿絵を、紅い毛、碧《あお》い目にまで、露呈《あらわ》に見せて、お宝を儲けたように、唱い立てられて見た日には、内気な、優しい、上品な、着ものの上から触られても、毒蛇の牙形《はがた》が膚《はだ》に沁《し》みる……雪に咲いた、白玉椿のお人柄、耳たぶの赤くなる、もうそれが、砕けるのです、散るのです。
遺書《かきおき》にも、あったそうです。――ああ、恥かしいと思ったばかりに――」
「察しられる。思いやられる。お前さんも聞いていようか。むかし、正しい武家の女性《にょしょう》たちは、拷問《ごうもん》の笞《しもと》、火水の責にも、断じて口を開かない時、ただ、衣《きぬ》を褫《うば》う、肌着を剥《は》ぐ、裸体にするというとともに、直ちに罪に落ちたというんだ。――そこへ掛けると……」
辻町は、かくも心弱い人のために、西班牙《スペイン》セビイラの煙草工場のお転婆を羨《うらや》んだ。
同時に、お米の母を思った。お京がもしその場に処したら、対手《あいて》の工女の顔に象棋盤《しょうぎばん》の目を切るかわりに、酢ながら心太《ところてん》を打《ぶ》ちまけたろう。
「そこへ掛けると平民の子はね。」
辻町は、うっかりいった。
「だって、平民だって、人の前で。」
「いいえ。」
「ええ、どうせ私は平民の子ですから。」
辻町は、その乳のわきの、青い若菜を、ふと思って、覚えず肩を縮めたのである。
「あやまった。いや、しかし、千五百石の女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]、昔ものがたり以上に、あわれにはかない。そうして清らかだ。」
「中将姫のようでしたって、白羽二重の上へ辷《すべ》ると、あの方、白い指が消えました。露が光るように、針の尖《さき》を伝って、薄い胸から紅い糸が揺れて染まって、また縢《かが》って、銀の糸がきらきらと、何枚か、幾つの蜻蛉が、すいすいと浮いて写る。――(私が傍《そば》に見ていました)って、鼻ひしゃげのその頃の工女が、茄子《なす》の古漬のような口を開けて、老《い》い年で話すんです。その女だって、その臭い口で声を張って唱ったんだと思うと、聞いていて、口惜《くや》しい、睨《にら》んでやりたいようですわ。――でも自害をなさいました、後一年ばかり、一時《ひところ》はこの土地で湯屋でも道端でも唄って、お気の弱いのをたっとむまでも、初路さんの刺繍を恥かしい事
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