いていても、塞《ふさ》いでいても分らんのうです。
 私は弁舌は拙《まず》いですけれども、膃肭臍は確《たしか》です。膃肭臍というものは、やたらむたらにあるものではない。東京府下にも何十人売るものがあるかは知らんですがね、やたらむたらあるもんか。」
 と、何かさも不平に堪えず、向腹《むかっぱら》を立てたように言いながら、大出刃の尖《さき》で、繊維を掬《すく》って、一角《ウニコール》のごとく、薄くねっとりと肉を剥《は》がすのが、――遠洋漁業会社と記した、まだ油の新しい、黄色い長提灯《ながぢょうちん》の影にひくひくと動く。
 その紫がかった黒いのを、若々しい口を尖《とが》らし、むしゃむしゃと噛んで、
「二頭がのは売ってしもうたですが、まだ一頭、脳味噌もあるですが。脳味噌は脳病に利くンのですが、膃肭臍の効能は、誰でも知っている事で言うがものはない。
 疑わずにお買い下さい、まだ確《たしか》な証拠というたら、後脚の爪ですが、」
 ト大様に視《なが》めて、出刃を逆手《さかて》に、面倒臭い、一度に間に合わしょう、と狙って、ずるりと後脚を擡《もた》げる、藻掻《もが》いた形の、水掻《みずかき》の中に、空《くう》を掴《つか》んだ爪がある。
 霜風は蝋燭《ろうそく》をはたはたと揺《ゆす》る、遠洋と書いたその目標《めじるし》から、濛々《もうもう》と洋《わだつみ》の気が虚空《こくう》に被《かぶ》さる。
 里心が着くかして、寂《さみ》しく二人ばかり立った客が、あとしざりになって……やがて、はらはらと急いで散った。
 出刃を落した時、赫《かッ》と顔の色に赤味を帯びて、真鍮《しんちゅう》の鉈豆煙草《なたまめぎせる》の、真中《まんなか》をむずと握って、糸切歯で噛むがごとく、引啣《ひっくわ》えて、
「うむ、」
 と、なぜか呻《うな》る。
 処へ、ふわふわと橙色《だいだいいろ》が露《あら》われた。脂留《やにどめ》の例の技師で。
「どうですか、膃肭臍屋さん。」
「いや、」
 とただ言ったばかり、不愛想。
 技師は親しげに擦|寄《よ》って、
「昨夜は、飛んだ事でしたな……」
「お話になりません。」
「一体何の事ですか、」
「何《なに》やいうて、彼《か》やいうて、まるでお話しにならんのですが、誰が何を見違えたやら、突然《いきなり》しらべに来て、膃肭臍の中を捜すんですぞ、真白《まっしろ》な女の片腕があると言うて。
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